チョコレート・チョコレート




「う〜わ〜ぁぁ、気持ち悪ぅ・・・・・」
ベッドの上で、うめくオトコ、一人。
シーツは爽やかな水色だけれど、彼の胃の中をさっぱりとさせるためにはだいぶ物足りないようだ。

部屋では、ストーブの上に置かれたヤカンがしゅんしゅんと白い湯気を出している。
私はベッドに寄りかかり、小説を読んでいたのだけれど。
それを中断して、斜め45度のオトコの顔を見上げる。
それほど、ヤツの声は切羽詰っていたのだ。
私はため息混じりにぱたり、と文庫本を閉じ、周囲に散らかっているチョコレートの包み紙を拾い上げた。
色とりどりの銀紙。
憎らしいくらいに、キラキラと輝いている、銀紙。
あーあーもう、張り切って食べちゃって。
こういうのね、つめ放題300円で売ってるの、知らないんですか?アナタは。

「大体ねー、バレンタインだからって張り切ってチョコ食べ過ぎなのよ。
明日顔じゅうにニキビ吹いてても知らないから」
「香奈・・・。それ、ほんとに彼女の言う言葉?」
「さぁね、知らない」

まぁいいんじゃないの?ニキビは青春のあかしだって言うし。
ふふっ、と口元に笑みを浮かべる。
かなり嫌味をまぶして。
私はまた小説を開いた。
部屋には甘いチョコレートの香りがふわりふわりと漂っている。

気に入らない、香り。

幼馴染みの直は、最近急にモテ始めた。
中学までは私より背が10センチ近くも低くて、「コドモコドモ」していたのに。
高校に入って、バスケ部で1年生ながらレギュラーに選ばれてしまったものだから。
目ざとい女の子たちがほうっておくわけが、ないのだ。

去年まで、私しかあげたことのなかった、バレンタインチョコレート。
今年、直は、カバンにも入りきらないほど貰っていた。
直がお年玉をはたいて買った、グレーのアディダス。

「香奈ぁ、大丈夫なの?・・・直くん、モテるよねぇ」
心配そうな顔をする友達の横で、余裕の表情をするのがどれだけ大変だか分かってる?
今年も、直のカバンに入るチョコレートは、私のだけだと思っていたのよ?
それを、「ありがとう、嬉しい」なんてほいほい貰ってきた上に。
彼女の部屋で、見せびらかすように、ぱくぱく食べちゃって。
普通は「彼女がいるから」とか何とか言って、断るもんなんだから。

「香奈、ワリ。水くれ」
「自分でくんでくれば?冷蔵庫の中にミネラルウォーターあるから。
それに寒いし。・・・少しは外に出たほうが頭も冷えるんじゃない?」
文庫本から顔も上げずに答える。
さすがにこれには直もカチンときたようだ。
水色のシーツから、がばり、と顔を上げる。
「大体なあ、お前さっきから何が気に食わねんだよ。ムスーっとした顔して。
俺が気分悪いって分かってるのに、どうしてそんな言い方すんだよ」
語気を強めた口調に、私も気持ちがささくれ立つ。
直の、ざっくりとした黒のセーターをにらみつけてやった。
「気に食わないって、何もかも気に食わないわよ。
ここはねぇ、私の部屋なのよ?それなのに、よくもまぁ平気な顔して他の女の子から 貰ったチョコレートなんか食べれるよね?」
「つったって、なぁ」
言い訳しようとする直が、ますます憎らしい。

「もう、直なんかチョコレートの食べ過ぎで鼻血出しちゃえ!」
手元にあったクッションをつかみ、投げつけてやった。
ぼすん、と鈍い音がする。
プーさんの形をしたそれは、直に一度ぶつかったあと、ベッドの下へ転がったらしい。

ふぅ、と頭の上にため息が落ちてきた。
直は、クッションをよけなかった。
それになんだか、さっきよりも落ち着いているみたいだ。
こっちは肩で息をしているのに。

「・・・香奈が、怒ってる理由が分かった。」
ベッドから下り、クッションを拾う。
「今ごろ分かるなんて、遅いよ。ホントにぶいんだから」
「うん」
「浮かれすぎなのよ。分かってる?」
「・・・うん」
「反省してる?」
「や、そりゃもちろんしてるけどさぁ」
「してるけど、何よ」
私はごしごしと顔を手のひらでこすった。
気がつかないうちに、涙が出ていた。
涙で少しぼんやりした視界の向こうで、ヤツが苦笑しているのが見える。
「何がおかしいんですか」
「や、何かコドモみたいだなぁと」
アンタに言われたくないです。チョコレートごときで浮かれるアンタには。
って言ってやりたいけど、今口を開いたら嗚咽が出てきそうで、言えない。
ぺたり、と直があぐらをかいて私の前に座る。
黒いセーターの編目のひとつひとつが、くっきりと見えるくらい近くに。

「あのですね。何年か前、アナタが言った言葉、覚えてる?」
「・・・私が言った言葉?」
聞き返すと、直のさらりとした髪が頷く。
いつもキレイだなぁと思う、ふれたくなる、髪。幼子のようにくせのない栗色の。

「覚えてない」
記憶の中をサーチしてみるけれど、ちっとも思いつかない。
私が何か言ったっけ?
「やっぱりな。香奈は昔から物覚え悪いから」
「余計なこと言ってないで、教えてよ。私が何か言ったの?」
「おお、言ったともさ。小学校の頃だっけ?お前がはじめて俺にチョコレートくれたときだよ。 『女の子は勇気出してチョコレート渡すんだから、受け取って、ちゃんと食べなきゃダメだよ』って」
「・・・・・・・・・・・」
本当にそれだけ?
ちょっと疑ってしまう、んだけど。
多分、私に見せつけようっていう気がほんのすこぅし、あったとは思うんだけど。
私が忘れていたような、一言まで覚えていたから。
仕方ない、許してやるか。

「思い出した?」
顔を覗き込まれる。
「全然!」
本当は思い出していたのだけれど。認めるのが悔しくて、嘘をついてしまった。
「そっかぁ、覚えてないのか。残念だねぇプーさん」
「プーさんに話し掛けないでよ」
直が口を尖らせてクッションのプーさんに話し掛けている。
コドモなのはどっちですか。まったく。

そう、初めて直にチョコレートを渡したとき。
私も直も、まだ小学生で。
直は、最初「恥ずかしい」なんて言って、受け取ってくれなかったんだよね。
だから、無理やり押し付けるように渡したんだった。
まだ覚えてて、くれたの?

心の中に、ぷくんと幸せな泡が浮かぶ。次々と。

どうしよう、嬉しいんですけど。

くすくすと笑っている私に、直がボソリと呟いた。
「そういえば、今年まだお前の貰ってないよな」


そのお腹で、食べる元気あるの?
急がなくても、あとでちゃんとあげるから。
たとえ今年食べられなかったとしても。
来年も、再来年も。

これからもずーっとね。



ぐはっ、これまた激甘。
おまけに時期思いっきりはずしてるし(核爆)。
まーいーか。チョコつながり、甘いということで(笑)
BGM = Peace!/SMAP

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