『ふきでもの』 鼻のあたまにニキビができてしまった。 赤く、ぷっくりとふくれている。きっと、中に膿を持っているんだろう。 ニキビがつぶれたあと、ぽこりと穴が開かないように気をつけなければとは思うのだけど、 どうしても気になって、つい指で触ってしまう。 一気につぶしてしまいたい気持ちに襲われる。 同僚たちは面白がって 「大きいのができたねぇ」 「触っちゃだめだよ」 「両思いなんじゃないの?」 なんて好き勝手なことを言ってくれる。 皮膚の奥に、芯があるような腫れぼったいそれをなでていて、ふと思い出したことがある。 「ハタチをすぎたらニキビなんて言っちゃいけないのよ」 学生時代付き合っていた彼女が、右の頬にできたニキビを人差し指でなでながら言ってた言葉。 「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」 僕はそのとき読んでいた雑誌から顔をあげずに尋ねた。 「フキデモノって言うの」 ちゃんと手入れしてるのになぁ。 ぶつぶつとつぶやいている彼女は、何だか機嫌が悪そうだった。 でもそれはニキビが------じゃなくてフキデモノができて痛かったせいなのか、僕の態度に イラついていたのか、それはいまだにわからない。 わかっているのは、20代も後半になった僕にも「フキデモノ」ができてしまった、ただそれだけのことだ。 雑誌から顔を上げなかったことが原因ではないだろうけど。 結局、僕と彼女は別れてしまった。 フキデモノを気にしながら、鏡を覗き込んでいた横顔がとてもキレイな彼女だった。 あれからもう、何年たったというんだろう。 それなのに、あの横顔を思い出してしまうのは。 こんなにも、鮮やかに。 きっと、それは。 □ 「鼻の頭にできたニキビって、両思いなんだ?」 ふと、同じ部署のオンナノコに聞いてみる。 PCをカチカチと打っていた彼女は一瞬だけ不思議そうな顔をしたけれど 僕の鼻を見て、ああ、と頷き、ついでに苦笑までしてくれる。 「トナカイみたいですねぇ。時期はずれの」 「・・・うるさいな」 余計なことはいいから。 不機嫌な顔になったのを、彼女も感じ取ったのか、笑いをおさめた。 「そうですよ?思い思われ振り振られ。って学生時代言ってませんでした?」 「そういうのって、女の子だけじゃないの?」 「あー・・・男の子はこういうのって興味ないかもしれませんね」 それから彼女は男の子と女の子は「思い思われ」の位置が逆だとか色々レクチャーを始めてしまった。 女の子って、こういう話がホント好きだよな。 やっぱり、鼻の頭にできたニキビは「両思い」のしるし、らしい。 そうなんだろうか。 「・・・そっか。両思いのしるしか」 鼻の頭をもう一度、なでてみた。 あつく熱を持つそれは。 放っておけば、きっと跡形もなく消えてしまうものなのに。 どうしても気になって触って、変にいじくって。 そこに大きな穴があいてしまう。 僕もきっとそうだ。 結局、大きな穴があいただけだった。 心の中に。 それでもニキビに、いや「ふきでもの」------ たかがふきでものに期待してしまうのは。 気がつけば、携帯を手に取っていた。 どうしても消せなかったメモリーが、そこにある。 「あれ?コーヒーでも買いに行くんですか?」 フキデモノについてレクチャーしてくれた女の子が、席を立った僕に声をかけてきた。 彼女に曖昧な笑いを残して、屋上へと向かう。 屋上へと続く階段を上りながら、最初の一言を考えていた。 トナカイみたいなんだって。 ささいな迷信を、信じてみたくなったんだ。 ------ずっと、連絡をとる理由を探してたんだ。 そして、僕は携帯のキーをゆっくりと押す。 どうか、繋がりますように、と鼻の頭を祈るようにそっと撫でながら。 |
・・・ニキビができました。痛いです(笑) ちなみにできた場所は左のこめかみ。 両思いどころか「思い」でも「思われ」でもありません(笑) >>Novels top |