『夕方、コンビニにて。』



「それ、買うの?」
突然後ろから声をかけられた。
ふり返らなくても誰だかわかる聞きなれた声。
同じ学部、学科の彼。
もともとは友達の友達だった人。
あまり接点のない彼と話すようになったのは、去年の前期試験の時にノートを貸してから。


「え・・ああ、うーん。どうしようかなって」
あたしは手に持っていたオレンジ色のグロスを、元の位置に戻した。

夕方のコンビニ。

大学近くの、このコンビニには講義を終えた学生たちで、今日もいっぱいだった。
雑誌コーナーで立ち読みする男の子や、お菓子の新製品をチェックしている女の子たち。 大学生に混じって、ちらほらと制服姿の高校生も見かける。

コスメ関係の棚と通路を挟んで反対側、駐車場に面した雑誌コーナーで立ち読みをしていた彼は あたしを見つけて声をかけてみた、ということらしい。

「こういう色が好みなんだ?」
あたしが元の位置に戻したグロスを、彼はあまり興味なさそうに眺めている。
透明のパッケージに入っていてもわかるくらい、つやつやとしたオレンジ色のグロス。
最近は、コンビニコスメもあなどれない。
学生にも手軽に買えて、値段の割に質もいいし、種類も豊富だ。
あたしの目の前にも、数種類のグロスが並んでいる。
「うん・・・透明だとちょっと寂しいし。自分の好みの服装とか考えたら、合うのはオレンジかなって」
「へー」
彼は、やっぱり興味なさそうに返事をすると、同じ列に並んでいるピンク色のグロスを手に取った。
「イチゴジャムみたいな色だな」
「イチゴジャムよりは薄いよ」
「オレンジより、おれはイチゴのほうが好きなんだよな」
「なぁに、それ。果物の話?」
「マーマレードってすっぱいじゃん」
「別にこれを食べるわけじゃないでしょ?」
思わず苦笑すると、彼はまあな、と言うふうに首筋をなでて、
「まあ、好みの問題かな」
ほい、と私の手に、ピンク色のグロスを乗せてくる。
ひんやりとしたパッケージの感触と一緒に、ほんのわずかに触れた、彼の指。

「俺はそっちのほうが似合うと思うけど」

え?と思うひまもなく、彼は「じゃーな」と手を振って、コンビニを出て行ってしまった。
ガラス越しに、黒のパーカーを着た彼の背中が遠ざかっていく。

「なんなのよー、いったい」
手の中のグロスを見つめる。
彼の言うとおり、イチゴジャムのように光るそれは、彼の手の温度がわずかに残っているようだった。

「・・・なんなの、いったい」
もう一度つぶやいて、そしてそれを棚に戻しかけ------。

たまにはいいか、と思った。
たまには、違う色をつけてみても。

会計を済ませ、「ありがとうございました」の声に送られて店を出る。
右手に下げたコンビニの袋がゆらゆらとゆれて、中身がかさかさと音を立てた。

少し、うきうきしている自分がいる。


彼が、この色が好きだからつけるわけじゃない。
オレンジ色がすっぱそうだから、なんて。
そんな理由でもない。
ただ、ちょっと、気持ちが動いただけ。
それだけだけど。

明日、これをつけて彼に会ったら。
彼はどんな顔をするんだろう?



『果実。』の姉妹編。
恋じゃないけど、恋の1歩手前〜みたいな感じ。
『果実。』が秋だとしたら、これは春くらいのお話?かも。
あのときにつけていたグロスは、おそらくこのときのものと思われりゅ〜・・。
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