『果実。』 「・・・食欲の秋だねぇ」 目の前に座る、ショートボブの彼女はあきれたように言った。 その言葉の裏には、昼休みになる前に学食にやってきた俺に対する賛美と感嘆が含まれていた。 昼休みの学食は、これでもかというくらい混んでいる。 そりゃもう歳末バーゲンと帰省ラッシュの高速道路を足したように。 っていうのは、言い過ぎか。 睡眠学習は教授にとっても失礼に当たるし、相棒でもある友達も「俺今日バイト」という言葉を残して 1コマ目で消えうせた、という至極単純で、かつ 自己中心的な理由により、2コマ目を途中放棄した俺は、さっさと学食に移動した。 そして窓際の適度に日が入る------いわゆる学食での特等席------に陣取り、 その日の日替わり定食を食べているところに、彼女が現れたのだ。 俺と違い、きっちり2コマ目の講義を受けたらしい彼女は、学食が 「もうこれ以上入りまへんで!」と関西弁で叫ぶくらいの時間帯にやってきた。 「あれ、今日お友達は?」 「バイトがある、つってフケた」 「・・・類友だ」 講義はちゃんと受けなきゃダメじゃない、と一応まっとうな事を言いつつ、 それでも俺が荷物を置くために確保しておいた席を彼女用にあけたので、そこに ちゃっかりと腰を下ろす。彼女が手にしていたのは、まずいメニューが揃った中でも まあまあまともな「肉じゃが定食」だった。さすがだ。 感心したように肉じゃがを見ていると、その視線に気づいたらしい彼女にくぎを刺されてしまった。 「なによ。これはあたしのゴハンだからね。あげないわよ」 「いらねーよ」 唇を尖らせて、肉じゃが定食のトレイを自分のほうに引き寄せる彼女に、俺は 学食の隣で販売しているグラタンパンとイチゴサンドをカバンの中から取り出してやった。 「あ、グラタンパンだ。いいなぁ」 「いいだろ」 「あたしが行ったときにはもう売りきれてたんだ。うう、いいなぁ」 グラタンパン、というのは秋から冬にかけて売り出される季節限定のパンだ。 大学近くのパン屋が、構内に売りに来るのだ。もちろん売ってるのはグラタンパンだけじゃないけど。 季節限定、ということともちろん味の良さもあってあっという間に売りきれてしまう。 俺が今日買いに行ったときだって、残り少なかったのだ。 「いいもん。あたし明日午後からだから。明日買いにいくもん」 ふん、と悔しそうに割り箸を割る彼女。 さっきから尖らせたままの唇は小さくて、さっき買ったイチゴサンドに挟まれたイチゴのようにキレイな色をしている。 果物みたいだよなあ、と思う。 とろりと水あめがかかった、イチゴのような。 「へえへえ。頑張って手に入れてください」 「言われなくても」 その唇からぽんぽんと言葉が発せられる。 おいしそうに、じゃがいもが運ばれていく。 その動作のひとつひとつを、気づかれないように目で追った。 「っていうか、ホント秋だよね」 窓からゆっくりとさす光りを眩しげに見ながら、彼女が言う。 学食の横に植えられた桜の木のおかげで、直射日光はあたらない。 葉を黄色くしている桜は、すっかり秋支度をすましている。 「そうだな」 日替わり定食を食べ終えて、セルフサービスの薄い薄い緑茶をすすりながら、 俺も窓の外を見た。学食前にある芝生が敷かれた広場には、いくつかベンチが並べられ、そのどれも学生たちで埋まっている。 みんなそれぞれにお昼ご飯を手にして、楽しそうに食事をしていたが、この季節のせいかやたらとカップルが目立つような気がした。 それは彼女も同じだったようだ。 「・・・秋だから、人恋しくなるのかな」 「さあ」 そんなこと、俺に聞くな。 俺の不得意な分野だ。 「なんて言っても、食欲の秋だもんね」 苦笑まざりの彼女の言葉は、俺のグラタンパンとイチゴサンドをさしているに違いない。 「んー、まあ」 あいまいに言葉を返す。 実はグラタンパンは二つ買ってあるんだなんて、この話の流れ上、いや自分の性格上言えそうにもなかった。 きっと彼女が欲しがるだろうなと思って、余分にひとつ買ってしまったことも、混んだ食堂に彼女がやってきても 困らないように、席をひとつ確保していたことも。 言えそうにない。 イチゴサンドのビニールをやぶいて、甘いそれを口に運ぶ。 季節はずれのイチゴが、生クリームと合わさって、やけに甘く感じた。 そして、目の前の元気のいいイチゴとどっちが甘いんだろうなんて、バカなことを思った。 食べてみたいと思うけど。 胃袋じゃなくて、ココロを満たしてくれるのは、きっと彼女だけなんだろうけど。 とりあえずは、目の前のイチゴサンドで我慢する日々が続きそうだ。 食欲の秋は、冬に持ち越しそうな気配。 禁断の果実、なんて言うなよな。 いつか、絶対手にいれてみせるから。 |
すっごい食欲の秋でございます(^^; グラタンパンは、大学時代の主食でございました(笑) この話に登場するように期間限定ですが。 もう売ってるのかなぁ〜。食べたいなぁ。 っていうか、またやっちゃったわ。ゴハン食べる話・・・_| ̄|○川 冬に持ち越さなくても多分この二人うまく行くような気がします(笑) 最初は彼女は彼氏もちという設定だったはずなのに・・・アラ? >>Novels top |