『じゃあ、これからも』 借りてきたビデオを一緒に見ていた隣の寛治は、いつのまにかだらしなくごろりと横になっていた。 ぽりぽりと首のうしろを掻きながら。 まるで日曜日のお父さんみたい。 決してそれが悪いこととは思わないけど、一応まだ「お付き合い」している段階なわけだし。 もうちょっと緊張感を------付き合い始めたころのようでも困るけど------ 持って欲しいんだけど、な。 あたしはテーブルの上の、冷めたコーヒーをぐい、と飲み干した。 横になっていてもその気配を感じたのか、寛治も体を起こさないまま器用にマグカップを手にとり コーヒーをこくこくと飲んでいる。 あたしのコーヒーは、ブラック。 寛治のコーヒーは、ミルクも砂糖もたっぷり。 あんなに甘いコーヒーを飲んでいて、よく太らないもんだと思う。 付き合いはじめて2年たつけれど、彼がコーヒーに限らず紅茶でもストレートで飲むところを 見たことがない。 甘いもの好きなくせに、自分はちっとも甘い雰囲気が作れない。 でもこの2年間で、それもすっかり慣れてしまった。 「・・・ねえ」 さりげなく寛治の近くによって、耳元の髪を少しひっぱってみる。 「あ?」 寛治はよっぽどビデオに集中しているのか、視線をまったくあたしに向けようとしない。 半分気の抜けたような声で、返事をするだけだ。 「天気もいいしさぁ。せっかくの連休だし。どっかでかけない?」 「え?なんで?このビデオみたいって言ってたの依里子やん」 出かける気のまったくない返事。 あたしは、カーテン越しの青い空をうらめしげに眺めた。 別に出かけたかったわけじゃない。 こっちを向いて欲しかっただけ。 まったく気がついてないや。 あたしが今日、寛治の部屋に来たわけも。 □ 好きになったのは、あたしの方が先だった。 同じ課の同期。本当に楽しそうに笑う人。 「カッコいい」っていう形容詞はしっくりこないけれど、 たとえば修学旅行の夜、必ずっていっていいほど始まる 女の子同士の告白大会では手堅く票を集めるタイプだと、思った。 同じ課っていうことで、あたしは同期の女の子の中では誰よりも彼と仲良くなれた。 気がついたら、本当に気がついたら------あたしは寛治の「彼女」になっていて。 職場では「笹倉」って苗字だけど、二人きりのときは「寛治」って 呼んで、一人で心の中で喜んでいるのに。 寛治は、あたしの存在なんて最初からなかったみたいにビデオに集中している。 しかも背を向けて。 2年もたったら、こんなもの? ひとつため息をついて、またコーヒーを飲もうとして------マグカップがすっかり 空になっていることに気がついたあたしは、その場から立ち上がってキッチンに向かった。 こぽこぽ、とコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ。 コーヒーメーカーの電源を入れているせいで、コーヒーはまだちゃんと温かく白い湯気を出している。 でも、コーヒーメーカーで淹れたコーヒーをそのままにしておくと、淹れた直後よりも苦くなっているように思うのは 気のせいだろうか。 恋愛も、そうなのかな。 こくんと苦いそれを飲み干しながら、ふとそんなことを思った。 恋はいつまでも恋のままじゃいられなくて。 頑張って温めてるつもりでも、気がついたら苦くなってるものなのかもしれない。 キッチンから寛治の短く切られた髪をじっと見つめた。 なんだか泣きそうだった。 今でも好き。 大好きだけど。 ねえ、寛治は? 最初に好きになったほうが負け? 気持ちの大きいほうが負けですか? 聞いてみたい。 けど、聞けない。 コーヒーがさらに苦くなるような気がするから。 |
2周年記念〜。 というわけで、2日にわけて掲載しまっす☆ >>Novels top |