『そればかり見ているような気がする』 雨は、午後からの講義が始まったあたりから降りはじめた。 最初はぱらぱらとまばらな降っているかどうかもわからないくらいだったのに、 今はもう「大粒」で「ざあざあ」な状態だ。 朝の天気予報は、一日中、晴れ。 それなのにこの雨って。 同じ研究室の皆本が「カワイイカワイイ」とぎゃあすか騒いでいる朝の情報番組お天気お姉さんの 予報は、見事にはずれてしまったわけだ。 そのお天気お姉さんを信じたわけじゃないけれど(だって私が毎朝見てるのは別のチャンネルだ) 今日は天気だと思っていた私は、当然カサなんて持ってきていない。 仕方なく、こういうときのためにロッカーに放り込んである折りたたみ傘を取りに 研究室に向かった。 □ 「あれ」 研究室のドアを開くと、理科の実験台のような大きなテーブルに頬杖をついた皆本がいる。 なんだかものすごく機嫌が悪そうだ。 「どうしたの?」 どうせ大好きなお天気お姉さんの予報が外れたとか、そういうくだらない理由なんだ。 不機嫌なのは。 毎日毎日、お姉さんへの熱い思いを聞かされる私の身にもなって欲しい。 おかげでこっちは画面越しにしか見たことのない、色白小顔なお姉さんにヤキモチを焼かされっぱなしで、別の意味で 心が熱くてたまらない。 そんな私の気持ちを全然知らない皆本は、頬杖をついたまま、ちらりとこっちに視線をよこすと不満げに唇を尖らせてみせた。 「だぁってさぁ」 「だって、何」 「あそこ」 「え?」 皆本の指差した方向を見てみると、そこはいつも誰のものともしれない置き傘が数本突っ込まれている バケツがあった。 でも、今日は急に降り出した雨のせいか、あんな汚い傘たちですら1本も残っていない。 「あそこの傘、頼りにしてたのになぁ」 そう言って、皆本はぐるん、とイスを回転させた。 まるでだだをこねている小学生みたいだ。 「あそこの傘、って言っても、あの中に皆本の傘あったの?」 「・・・ない」 「じゃあダメじゃん」 学校で習ったでしょー。人のもの、勝手に持ち出しちゃいけませんて。 ・・・なんて言ってみたけれど、あそこの傘は半共用物だってこと私も知ってる。 だけど、あまりにもぶうたれている皆本がおかしくて、少しからかいたくなってしまった。 「そりゃ、普通なら俺だってこれくらいの雨ならダッシュでアパートまで帰るさ。 けどなぁけどなぁ?・・・・聞いて驚け」 皆本は回転イスを後ろに下げて、私に足元が見えるようにした。 いい感じに色落ちした黒のジーンズに包まれた、悔しいくらいに長い足。 「はいはい。長い足ですねー」 「バカ、違うぞ。もっと下」 「したぁ?」 そう言われて、私は視線を足先に落とした。 白くて大きなスニーカーをはいた足先が、そこにある。 「えらくでかいスニーカーはいてるね」 「おーい、横塚サーン。スニーカーとか言って欲しくないね。バッシューと言ってくれ、ばっしゅー」 「・・・スニーカーとバッシューってどう違うの」 私の言葉に、皆本はだめだこりゃ、というふうに天井をあおいだ。 そして、このラインがどーだとか、色々語りはじめている。 「バッシューって試合のとき以外でもはいていいの?」 「横塚、おまえは全然ダメだな。オサレというものを理解してねぇよ。オサレを」 ・・・オシャレをオサレ、っていう皆本には言われたくないです。 それはさておき、スポーツ一般に全然詳しくない私は、ただ「はぁ」と頷くしかできないのだけれど。 そんな私に対してでも、その「バッシュー」のすばらしさをとくとくと語った皆本は満足げだ。 昨日、バイト代をはたいて買ったそれを、履きたくて履きたくてウズウズしていたのだとも、言った。 「で、だ」 一呼吸おいて、皆本が続ける。 「ともかくこのようにすばらしいバッシューを雨に濡らしたくはないのだよ。わかる?横塚さん」 「あーはいはい、わかるわかる」 「・・・適当に言ってんな。オマエ」 「だってさぁ、皆本のうちって大学のすぐ裏じゃん。走って帰れば?」 「やだ」 「じゃあ、今日研究室に泊まれば?」 うー。つれないねぇ。 皆本はイスをもとの位置に戻しながら、言う。 「その折り畳み傘で俺のアパートまでアイアイ傘してくれるとかいう優しい発想は出てこないのか?」 ・・・何言ってんですか。 アイアイ傘なんて恋人同士じゃあるまいし。 そう言ってやりたいのに、口から言葉が出てこない。 のどの、さらに奥、胃のあたりでもんもんと回っている。 アイアイ傘なんて。 そんなの。 できない。 できないです。 中学生じゃあるまいし、何で何気ない皆本の一言をうまくやり過ごせないんだろう。 いやイマドキの中学生ならもっとスマートにかわせるのかもしれない。 こんなとき。 多分私は、一緒に帰っている間じゅう、そのご自慢の「バッシュー」とやらばかり見てしまうような気がする。 きっと、皆本の顔なんて見れない。 下ばかり見ている。 恥ずかしくて。 どうしていいかわからなくて。 「・・・いい、けど。高いよ?」 結局言えたのは、こんなかわいくない言葉。 私の折りたたみ傘なんて小さくて、皆本の大切なバッシューどころか、きっと彼の 肩も絶対濡れてしまう。 素直に「いいよ」って言えればいいのに。 皆本は、さんざん「えー」だの「バイト代はたいたばかりの俺から巻き上げるつもりか?」とか言って いたけれど、それでも諦めたようにひとつ、大きく息をはいた。 「・・・わかった。じゃあオマケをあげよう」 「オマケ?」 キャラメルじゃあるまいし。 なんなの、それ。 首をかしげた私に、皆本がボソリとつぶやいた。 「バッシューが濡れずにアパートまで帰りつけたらさぁ」 「帰りつけたら?」 「・・・熱いコーヒーと、あと俺がオマケについてくるってことで」 |
えと。まず謝っておきます。 「バスケットシューズ」について色々おバカな質問をさせていただいた「たkさま」。 全然アドバイス活かしきれてないですね。・・・ごめんなさい。 まだまだこのあたりは、わからんことばっかです。世の中奥が深いなぁ。 スポーツ万能になりたい、ボール恐怖症な私です。 >>Novels top |