『待つ気持ち』


機種変しようかなあ。

隣でビールを飲んでいる深町がぽつりと呟いた。
ビールのジョッキは、すでに3杯目。
酒類ほとんどダメです状態のコイツにしては、結構な、深酒。

「は?何で?」
私はすでにビールから日本酒へと移っている。
体の芯まで温まるような、熱い日本酒を手酌でぐいぐい飲んでいる。

「・・・ったく、お前はー。飲むときは言えよ。俺が酌してやるから」
深町は私の手から徳利を取り上げ、お酌をしてくれるような仕草をする。
「あー、ありがとう」
いちいち深町に頼んでたらめんどくさいからじゃない。
なんてことは、口に出さない。
せっかく深町がお酌してくれるというのだ。ありがたく受け取っておこう。

素直に差し出したお猪口に、なみなみと注がれる透明な液体。
それをぐい、と一気に飲み干した。
「・・・相変わらずいい呑みっぷりだなあ」
感心したようにしみじみと言う深町。

うるさいな。
呑まなきゃやってらんないってゆーの。
この不景気の中、仕事があるだけありがたいとは言え、リストラされた分の仕事が どんどんこっちに回ってきて残業残業の毎日。

「・・・で?何で機種変するの?」
豚バラを口に入れながら、尋ねてみる。
そう、確か深町はこの間こそ携帯の機種を変えたばかりなのだ。
カメラ付きがどうとか、言ってなかったっけ?

「うん、いやホラ・・・。機種変っていうか・・・番号変えたいっていうか」
ごくり、とビールが喉の奥を通っていくのが見える気がした。
それと一緒に何を飲み込もうとしてるの?


「期待、しちゃうんだよ」
「え?」
「着信履歴、見るたびに。メールを確認するたびに」
「・・・・・・・・」
「来るはずのない人からの連絡を待ってる自分もイヤなんだ」


期待、しちゃうんだ。


その一言は、私の胸の奥に深く深く沈んでいく。
こうやって誘われて、期待してしまった自分がいるから。
まだ、彼女のことが好きなんだ?


「いや、ホラ。あのー、うん。電話番号もメアドも変えたらさ! もう・・・彼女から来るはずないって諦めもつくだろ?だから・・・・」
言葉の最後のほうは、まるで消え入りそうに小さくて。
それはそのまま深町の気持ちを表してるみたい、だった。

「そっか。期待しちゃうんだ」
「・・・うん」
「今度は日本酒、飲む?」
「つぶれない程度で」
少し、ほんの少しだけ深町の口元に笑みが浮かんだ。
それを逃さないように、私も笑ってみる。うん、と頷く。
「追加お願いしまーす。あ、鳥天も!」
空になった徳利を振ってみせた。あいよっ、と返事が返ってくる。
深町は、ジョッキの残りを飲み干していた。


私は、深町が携帯を変えないことを知っている。
それから、きっともう二度と彼女から連絡がこないだろう、ことも。
来ないと知りつつ、待ってしまう深町を思って、胸が痛くなる自分の気持ちもちゃんとわかっている。

そして、私も待っている。
深町の心から、彼女が完全に消えてくれる日を。
そしてその場所に、いつか私が行ける日を。


今日は飲もう。
乾杯しよう。
深町の傷がこれ以上深くならないことを祈って。

一青窈の「もらい泣き」を聴いてて思いついた話。
あと、以前某氏を着信拒否&メアド変えしたときのことを思い出して(笑)。
実は私携帯メールってあんまり好きじゃないんです(^^;貰うのは嬉しいんですが(ダメじゃん)。
あー、まだメール返してないや。ごめん>私信。
ちなみに「鳥天」って何?って思われた方、 コチラからどうぞ♪
居酒屋メニューの代表・・・なハズ!こっちでは!鳥天定食バンザイ(笑)
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