『梅雨明け宣言』

冷夏だ。

いまだに梅雨明けしない空は、どんよりと曇っていて、昼だというのに何だか薄暗い。
もう一雨、くるのかもしれない。
空気は湿気ているけれど、今日はその湿気が体にまとわりついて寒いくらいだ。
あさってあたり、梅雨明けしそうなんて天気予報で言ってたけど、本当なんだろうかって 疑ってしまう。

冷夏のせいだから、だろうなって思う。
会社の先輩から「ラーメン食いにいかねーか?」って誘われた。
メガネを押し上げる仕草がカッコイイ、と密かに思っている先輩から。

「寒いですし。いいですよ」
なんて、口では言いながら。
「先輩に誘われた」こと自体が嬉しくて、一も二もなくついてきてしまった。
おいしいと評判の、会社近くのラーメン屋。

先輩は味噌ラーメン。
私は、五目そばを頼むことにする。

店の中は、昼休み中のサラリーマンやOLたちでごった返していた。
やっと空いたカウンター席に、二人並んで座る。


「相変わらず多いっすね」
この店の常連らしい先輩は、私がついだセルフサービスのお冷を飲みながら、 隣に座っている同じく常連らしい男の人に話し掛けた。
メガネの奥の瞳が細まって、キレイな笑顔を作っている。
黒くて大きなその瞳が、そんな風に変化するのはあまり仕事中ではみることができないから。 だから少し得した気分になったのだけれど。

だけど、面白くない。


二人で来てるんだから。
・・・ちょっとはこっち、見て欲しいんだけどな。


お手拭のビニールを、ちょっと乱暴に破いてしまう。
一緒にお昼食べられるってことで、喜んでるのは私だけなんだろうなぁ、なんて悔しく思いながら。

「なんだ。そんなに腹減ってんのか」
「ちっ、違いますよ!」

ふくれた頬をばっちり見られてしまったらしい。
「ほい」と割り箸を渡してくれながら、先輩はさもおかしそうに笑った。

せっかく一緒に食べにきてるのに。
もうちょっとかわいくできないのかな。あたしは。
まぁ、場所がラーメン屋じゃね・・・。
いくら美味しいって評判の店だとはいえ。
今更「ブッて」みても仕方ないか。

そんなことを思いながら、先輩が渡してくれた割り箸を受け取った。
それに合わせるかのように、五目そばと味噌ラーメンが運ばれてくる。

「お、うまそー」
イタダキマス、と先輩はラーメンの前で手を合わせた。
うーん、かわいい。
そんな先輩の様子を見ながら、私も同じように手を合わせる。

「あー、んまっ」
ずるずるずる。
大きな音を立てて、先輩が麺をすすっている。
本当においしそうに食べる人だな、この人は。

「・・・なんだよ」
「イエ、別に」
あまりにもじろじろと見ていたせいか、先輩が胡散臭そうにラーメンから顔をあげて 私を見た。
突然こっち見ないでくださいよ。
カワイイって思ってました、なんて言えるわけがないじゃないですか。
年上の男の人に。

「別に、ってことはないだろー。気になるじゃねーか」
「・・・ラーメンが伸びますよ」
私はなんとか誤魔化そうと、五目そばを口に入れた。
そんな努力も無駄ムダ、というようにうずらの卵がぷかりとお箸から逃げていく。

「なんなんだ。うずらの卵逃がしてんぞ」
苦笑混じりに、またラーメンをすすっているその横顔。
まるですべてわかってるとでも言いたげなその表情が悔しくて。

「・・・先輩のメガネが曇ってるのが、面白かったんです」
ラーメンから顔を上げずに、言ってやった。
だけど、私のそんな言葉は反撃にすらなってなかったらしい。
「なるとみたいに渦書いたら面白いだろうな」
なんてあっさりとかわされた上、何事もなかったかのようにメガネをはずされてしまう。

あー。
はずしちゃった。
まぁねぇ、ラーメン食べてるんだから、仕方ないか。
本当はメガネをかけてるほうが好きなんだけど。
でも、メガネをはずした途端、視界がぼやけるのか、器に顔を近づけているのが 何だか面白くて、嬉しい。

その仕草のひとつひとつが、いとおしくなる。
普段はメガネで隠れてるけど。
本当はまつげが長いことも知ってるし。
くっきりと二重がキレイに弧を描いていることも知っている。
それぐらい、いつもいつも、目で追っている。

おいしいって評判のラーメンの味がわからないくらい、ドキドキしているのに。


「あ?なんなんだ。さっきからこっちばっか見て。麺が伸びてんぞ」

・・・これだよ。
私はため息をついて、視線を自分のラーメンに戻し、 蓮華でスープをすくいながら、ぼそりと言ってやった。


「メガネフェチなんです。私」
「は??」
「だから、メガネかけてる先輩がいいなと思ってみてたんです」
私の言葉に、先輩はますますけげんそうな顔をした。
「・・・やっぱ、お笑い系に走るのか?なると描いて欲しい?」
「そうじゃなくって」

ぜんっぜん、気がついてないね、この人は。

あとはもうめんどくさくて、ただひたすらラーメンを食べることに集中してやった。
今度はうずらのたまごもちゃんとつかめた。


つかめないのは、先輩の気持ちだけ。





お店を出たのは、お昼休み終了10分前。

「やべ。急ぐぞ」
ケータイで時間を確認した先輩が、焦ったように言った。
「はあい」
もっとゆっくりしたい、というよりもっと二人でいたい私の返事はのんびりしたもの。
そりゃ遅刻したらマズイ、とは思うけど。

自然と歩く速度を上げた先輩の後姿を眺めるような位置になってしまう。 少しシワの入った、白いシャツと、広くて大きい、その背中。
それを湿気を含んだ風が、ふわりとはためかしていく。

そのシャツをつかんだら、何か変わるのかな。


「・・・なあ」
突然、背中ごしに話しかけてきた。
相変わらず、前を向いたままのまっすぐな背中ごしに。
だから、少しだけ声がききとりづらい。
「なんですか?」
小走りで背中に近づく。
かすかに、先輩がつけているらしい、ヘアムースの香りがした。


「・・・おまえが好きなのって、メガネかけてるときだけ?」
「え?」


ざっ、と大きく風が吹いて、また先輩のシャツを揺らした。
こっちを振り返ってくれない、その背中。

どうしよう。
なんて答えたらいいんだろう。
わからない。
わからない、けど。

答えはすでに心の中に用意されてる。
どう答えていいかわからないだけ。



そろそろ、私の心の中も梅雨明けしていいですか?



今回は、文章をなるべく短く簡潔にしよう!と思って書いたんですが。
どうなんだろう・・・。
すいません、メガネフェチのたわ言文かも(汗)
メガネが似合う人、大好きです。
そんでもって、何で私の話ってゴハン食べてるシーンばっかり出てくるんだろう。
深層心理ってやつでしょうかね(笑)

私が住んでるとこ(九州)が梅雨明けする前に仕上げてしまいたかったんだけど。
関東地方もとうとう梅雨明けしちゃいましたね。
あー、また時期はずしたぁ。すみません(汗)
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