あなたまで2時間 20時55分、博多行き。 改札前の電光掲示板の赤い文字。最終まであと30分。 緑の窓口横のたくさん並んだベンチの一つに座り、ちらりと足元の荷物に視線を落とす。 2泊3日分の、大きな荷物。 荷物の主は、このデカイ物体を預けたまま 「わり、ちょっとションベン」 と言ってトイレに行ってしまった。 ホームへの入場券でも買っておこうかな。 発券機はすぐそこだ。 荷物をここに置いていても多分大丈夫。盗られたり、しない。 いっそのこと、盗られてしまってもいいんだけど。 そうしたら。 そうしたら、もうちょっと一緒にいられるかもしれないから。 発券機の上には、日本全国の路線図が描かれている。 東京みたいに網の目のようではないけれど、それでも九州だって、結構な駅名がずらりと並んでいる。 別府・杵築・宇佐・中津・・・・・特急の停車駅を数えてみたけれど、途中でやめてしまった。 あまりにも多すぎる気がして。 そして、少しだけ悲しくなった。 今の自分が買えるのは、160円の入場券だけなんだ。 「どこ行ってたん?」 ベンチに戻ると、荷物の主が不機嫌そうな顔をして、私を見た。 不機嫌になりたいのはこっちだ。 「入場券買いに行ってた」 唇をとがらせ、隣に座る。 「そんなん、改札まででいいのに」 「いいやん、別に」 改札前の時計の針は、20時40分。 あともう少し。 「・・・そろそろ行くか」 腕時計を確認して、大きな荷物を抱えて立ち上がった人の後ろ姿を、思わずじっと見つめた。 切ったばかりの短い髪。 思わず抱きしめたくなる、広い背中。 「どした?」 「何でもないよ」 慌てて笑顔を作る。 さすがに夜の風は冷たい。 春とは言え、薄手のカーディガンしかはおってこなかったことを、少し後悔した。 「寒いな」 「うん」 寒いよ。 だってまたこれから一人になるんだもん。 高速バスで帰ればあと30分は一緒にいられるのに。 「バスは酔うから」 それだけの理由で、電車で帰るアナタが嫌いです。 今は学生時代のように、ジーンズなんかはいちゃってるけど。 また、明日から私の見慣れないスーツ姿で、仕事に行くんでしょう。 ここよりずっとずっと人も物も多い、街で。 改札口に立つと、ずっと向こうのホームに電車を待つ人たちの姿が見えた。 20時52分、亀川行き普通列車。 この電車で行けるくらいの距離だったら良かったのに。 彼の紺色のパーカーのすそを、ぎゅっと掴んだ。 もう、遠くに行って欲しくなくて。 行かないで。 そばにいて。 「泣くな」 泣いてないよ。 「嘘つけ」 嘘つきだもん。 あなたが県外に就職するって決めたとき、反対しておけばよかった。 離れても平気。好きだから。 あんなの、嘘に決まってるでしょう。 泣かない。 泣いてなんかやるもんか。 ずっ、とハナをすすりあげた。 「ホームまで来る?」 ごしごしと、大きい手が私の頬をこすっていく。 「行く。さっきからそう言ってるのに」 暖かい手。 そんなふうに、笑わないでください。 ついていきたくなるから。 たった2時間の距離。 泣きたくなるような、距離じゃないのにね。 たかが2時間、されど2時間。 「・・・あー」 やっぱりなぁ、ここでいいわ。 彼が、困ったようにがしがしと頭をかく。 「何でよ」 ぎゅっと心臓を掴まれたような気持ちになった。 苦しいのはこっちだけなの? そっちは全然平気なんだ? 思わず、訴えるような目になってしまっていたんだと思う。 ふうっと暖かい息が、耳たぶにあたって、彼の声が心の底まで落ちてきた。 真っ直ぐに。 「そういうふうに泣かれると、連れて帰りたくなるから」 |
知り合いの方が、この最終列車に乗って福岡まで帰ってると聞いて思いついた話。 2時間くらいなら遠距離とは言いませんなー。せいぜいが中距離。 友人の携帯にこの話を送ったところ 「しかしま〜微妙だよねぇ2時間って。 会おうと思えばいつでも会えるけど、 すぐ会おうって距離じゃないもんね」 と言われました。 イメージソングは「SAKURAドロップス」だそうです。 畏れ多い・・・(汗) ちなみに、この画像、モデルになった駅です〜。自分の腕のなさにガックリ。 >>Novels top |