『温度』



寒いなぁ
カゼ薬を買うために入った薬局のレジで思わずそう呟くと ぱりっと糊のきいた白衣を着た、人の良さそうなおじさんが
「これでも貼っときなさい」
と、貼るタイプのホッカイロをおまけにくれた。
試供品らしいそれをありがたくいただいて、おじさんの 「気をつけるんだよ」という声に送られ外に出る。

やっぱり寒い。
今年一番の寒気が来ているそうで、天気予報はこの地方にしてはめずらしく 雪だるまのマークが出ていた。
外の空気はストッキングごしの足が、切れるように冷たい。
左足の小指にできたしもやけが、じんじんとしびれた。

* * *

「ただいまぁ」
誰もいない真っ暗な部屋に、それでも声をかけてみる。
おかえり、と言ってくれる人はいないのに。
いつものようにカギを玄関横の靴箱の上に置き、ブーツをぬごうと頑張る。 1日中デスクワークなせいか、この寒さのせいなのか、足はすっかりむくんでしまっていて なかなかブーツが脱げない。
いらいらした。何だか、すごく。

やっとのことで足を引き抜くと、反動で転がったブーツを靴箱に片付けることもせず 風呂場のドアをあける。
トイレとお風呂が一緒になった、ユニットバス。
狭いのが気になるけれど、しがないOLの身分だ。仕方ない。
お湯の蛇口をいっぱいにひねると、一度ドアの外に出た。
コートを脱ぎ捨て、タートルネックのセーターも床の上に投げる。
早くお湯の中に浸かりたかった。
バスタブは一人暮らしに相応しいくらい小さい。きっとお湯もすぐたまるだろう。
キャミソールも脱ぎ捨てようとして、背中に、試供品のカイロを貼ったままだったことに気がついた。 素肌に近かったせいか、まだほんのりと温度を保っているカイロ。

これだけじゃ、まだ足りない。
寒すぎる。
ヘアクリップで髪をまとめあげると、ガラリと風呂場のドアを開け、まだ少ないお湯の中に体を沈めた。
くしゅん、と小さいくしゃみが出る。
やっぱりまだ早かったかな。
ひとりごちてみる。

どぼどぼとお湯は勢いよく落ちてくる。
自分が体を沈めたせいもあって、お湯の高さはほどほどになってきていた。

ほ、と一つ息を吐く。

ここ最近、毎日のように風呂に湯をはっている。
光熱費水道代を考えると、それは痛い出費だ。
でも、寒いのだ。
暖かくなりたかった。


彼からのメールが来なくなって、一体何日たっただろう?
彼の声を聞かなくなって、一体どれくらいたっただろう?

彼の腕のぬくもりが恋しくて。
色々と似たものを探した。
一番近いものがお風呂だった。
暖かくて、全身を包んでくれて、落ち着く。

そして何より。

泣いても、涙はお湯に溶けてしまう。まるで最初からなかったかのように。


今だって。
頬を伝うしずくも、お湯なんだか汗なんだかわからない。
寒くもない。
大丈夫。

メールがこない。
電話もない。
涙をぬぐってくれる手がない。
何よりあの温もりがない。



すれ違ってしまったのは、きっと二人の温度だ。気持ちではなく。
熱湯と冷水。
合わさることなく、程よい温度にもできず。


もう少し、この中に浸かっていよう。
涙でお湯がしょっぱくなることは、まず、ないから。
もう少しだけ。
今はまだ。


ぬー。一度UPしてたのをまたあげちゃいました。
最近更新速度がメチャメチャ遅いので(汗)
足を運んでくださる方に申し訳ないなあと思って。
でもUP、って表示してないので、気がついた方・・・いらっしゃるんでしょうか。

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