『嘘でもいいから』 むしゃむしゃ。 ばりばり。 ごくん。 放課後の美術室に響く、音。 お昼過ぎから降り出した雨はいまだにやまず、蛍光灯をつけても、まだ薄暗い。 台風が近づいているせいで、美術室に残っているのは私と野球部の中島だけだ。 展覧会に出品する絵が仕上がらなくて美術室に残っている私はともかく、中島は何でこんなところに いるんだろう。 ・・・どうせ美術部の食料目当てで来てるんだろうけど、さ。 目の前のポテトチップスがものすごい勢いで中島の胃袋に収まっていくのを、あぜんとして見てしまった。 あーあ、のりしお、楽しみにしてたのになぁ。 「・・・なんだよ」 「いや、べつに」 思わずうらみがましい視線を向けてたのかもしれない。 私のとなりで、ポテトチップスのりしお味をほおばっていた中島がじろりとこっちを見た。 さっきまで、ため息をつきながらポテトチップスを口にほおりこみ、そしてまたため息をつきながら グラウンドをながめる------って繰り返してたのに、どうしてこういうとこだけは鋭いんだろう。 「雨、やまねぇよなあ」 「台風来てるらしいしね」 逆向きに座り、椅子の背に頬杖をついた中島の言葉に、私はそっけなく答えた。 「何で東原は絵、描いてんの?」 「県の展覧会が近いのよ」 「へえー」 中島は、それ以上興味を失ったのか、さらにポテトチップスを口に入れている。 美術室にくる前に食堂の自販機で買った、コーラなんかも飲んだりしている。 さすがに気が引けたのか、私にはミルクティーを買ってきてくれていたけれど。 「・・・野球部は、今日は練習ないわけ?」 私は絵筆を動かしながら尋ねた。 ごう、という風の音がして、がたがたと窓が揺れる。 やだなあ、もう。 駅まで向かうのめんどくさいなぁ。 「東原。オマエは本当にボケてんな。台風だぞ。どこにグラウンドで球打つバカがいんだよ」 中島は、あきれたように私を見た。 「・・・悪かったわね」 グラウンドは使えなくても、体育館で屋内練習とかするのかと思ったの。 ぶう、と唇を尖らせると、中島は私の心を読み取ったかのように 「今日の体育館使用はバレー部と体操部なんだよ」 わかった?と聞いてくる。 ・・・はいはい、わかりました。 台風でグラウンドがつかえなくて、体育館も使えなくて結局部活は休みでヒマになって。 とっとと帰ればいいものをおなかがすいて、美術室なら食料がありそうだってことで ここに転がり込んだわけね。 おもしろくないなぁ。 嘘でもいいから、私の顔を見にきた、とか言ってくれたらいいのに。 「雨なんか嫌いだあー」 中島は、そんな私の気持ちに全然気づかず、うーん、と伸びをした。 「部活ができないから?」 「そー。そろそろ甲子園の地区大会も始まるってのにさぁ」 「・・・甲子園、いくんだ」 「ったりまえだろー?練習できないなんてあんまりだよな。ったくー」 だから、雨なんかきらいだぁー。 中島は、もう一度繰り返した。 「・・・私は雨、嫌いじゃないけど?」 ぼそ、とつぶやくと中島は驚いたようにこっちを見た。 「なんでなんで?オマエこのあいだ『雨の日は髪ふくらむし、じとじとするしぃ』って言ってたじゃん」 「そりゃまあそうだけど」 確かに、雨の日は湿気で髪がまとまらないし、制服べたつくし、気持ち悪いけど。 でも。 でもね。 こうやって、中島が美術室に------たとえ食料目当てだったとしても------来てくれるなら、 たまには雨もいいかなって思う。 悔しいけど。 「なんでなんで?」 興味津々、といった様子で中島が聞いてくる。 「・・・言わない」 「えー、なんだよ。言えよ」 言わないってば。 私はパレットを洗うために、立ち上がった。 窓際にとりつけられた、蛇口をひねると勢いよく水が出てきた。 外の雨と一緒になって、流れるような水の音。 背中を向けているから、私の様子も悟られない。 それはとりもなおさず、中島の様子がわからないってことなんだけど。 「あーあ。つまんねぇー」 ぱりん、とポテトチップを噛み砕く音と一緒に、中島がつぶやいた。 「嘘でもいいから、俺が美術室に遊びにくるから、とか言えよなぁ」 背中越しに聞くその声は。 冗談めかしているけど。 ポテトチップスを食べながらだけど。 わずかに震えているのがわかったから。 思わず胸の奥がぴくりと反応する。 私は、蛇口をきゅうっとひねった。 中島の声をきちんと聞き取れるように。 「・・・もう一度、言って?」 背中を向けているから、中島の様子は、わからない。 あの僅かに震えた声だけを信じて、頼んでみる。 「二度といわねぇ」 「嘘でもいいの?」 私は、洗い場に背中をくっつけて、中島のほうを振り返った。 「嘘なら言うな」 視線が交わる。 どうしていいかわからなくなる。 嘘なら言わない。 嘘なら言えない。 口をつぐんでしまった私に聞こえるのは、雨の音と自分の心臓の音だけ。 うるさいくらいに。 一度視線をはずして、窓の外を眺めてから、もう一度中島のほうを見た。 嘘でもいいから、好きだって言って欲しいのは私のほうだ。 一瞬、雨の音が強くなった。 そして私は嘘じゃない正直な気持ちを口にする。 どうか、願いが本当になりますようにと祈りながら。 |
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