『宇宙人になったら』


私以外のものになりたい。
ううん、女じゃなくなってしまいたい。
それは男になりたいっていうのでもなくって。
何ていうんだろ。
男でも女でもない------言ってみれば、中間のような。
そういう、存在。

ニューハーフって呼ばれてる方たちとかじゃなくて。
男でも女でもない、第三の性別。宇宙人みたいな。
そういうのに、なってみたい。

切実に、そう思う。





白ベースに赤と黄色のラインが入ったストローを口に含んだ。
口いっぱいに、ストロベリーシェイクの甘い味が広がる。
目の前の彼は、タバコの煙をくゆらせている。
私はまだ喫煙年齢に達してないし、これからも吸うつもりもないけれど、 彼のタバコを吸っている姿を見ると、 むしょうにそのタバコを奪ってしまいたくなってしまって、困る。


そんなものより、私の唇のほうがいいでしょう?


夕方6時のファーストフードの店内は、制服姿の女の子たちでいっぱいだ。
私もその一人。
校則ぎりぎりのスカート丈に、ベージュのベストを着ている私一人だったらこの店内も まったく違和感がないんだろうけど。

目の前に座る彼は、いかにも仕事できるサラリーマンって雰囲気で。
・・・実際にそうなんだけど。
「M」の文字が入ったコーヒーの紙コップ、左手のタバコ。
私よりも、ずっとずっと年上の人。

「で?今度の休み、どこ行きたいんだって?」
日帰りだもんなぁ、って言いながら、彼がぽりぽりと頬をかいた。

そう。
日帰りなの。まだ学生だから。
この制服を脱ぐ日が来たら、お泊りでもいいって言ってくれるんだろうか、この人は。

「うん、日帰りだもんね・・・」
同じ言葉を返して、テーブルの上に広げている旅行雑誌をぺらりとめくった。
近郊の温泉特集が組まれている、雑誌。
表紙には、彼が好きだと言っていた女優が満面の笑みを浮かべて写っている。
その女優の顔を、爪でピンっとはじいてやった。
あーあ。
この女優サンと同じくらいの年だったら、もっともっと一緒にいられるかもしれないのに。

ううん、やっぱり女じゃなかったら。
例えば------男の子だったら。
弟みたいになって、親友になって。
男同士の腹を割った話、なんていうのもしちゃったりして。
女の子の好みとかも、こっそり聞いちゃうの。
ああ、ダメだ。

だって、男同士じゃ、恋愛できないもん。


かと言って、女だったら。
女だから、一歩踏み込めない。

やっぱり、宇宙人が一番いいのかな。


「ね、もし私が女じゃなかったらどうする?・・・ううん、宇宙人だったら、どうする?」
「は?」
私の突然の質問に、彼は目を丸くした。
ぽろり、とタバコの灰がテーブルの上に落ちる。
「わっ・・あぶねー」
「もう、何してんの」
ハイ、と灰皿を差し出した。
彼はその灰皿を受け取りながら、呆れたように、言う。
「オマエ、何バカなこと言ってんだ。受験勉強のしすぎで頭おかしくなったんじゃねーのか?」
「失礼だなぁ、もう」
ぷっ、と頬を膨らましてやった。

そんな私の様子がわけわからないというように、彼は、新しいタバコに火をつけた。
「俺にとっちゃ、オマエの存在自体が既にもう宇宙人だよ」
今度は私が「は?」って言う番だった。
「どういうことよ」
「どういうって・・・そりゃ俺より8つも年下で制服着てりゃ、 考え方も理解できないときだってあるし、何より一歩間違えりゃ犯罪だぞ」
「・・・・・・・・」
黙って、もう一度、ストロベリーシェイクを口に含んだ。
さっきと違って、全然甘くない。


やっぱり、もう女なんていやだ。
年下なのもいやだ。
こんな人、好きになっちゃった自分がイヤだ。

私以外のものになって、こんな気持ち忘れてしまいたい。
宇宙人でも何にでもなってあげる。
そうしたら、もう、あなたのことなんか、好きじゃなくなるから。

じわじわと目のふちが熱くなってくる。
それを隠すように、下を向いて、雑誌をぺらぺらとめくった。
「今月のオススメスポット」なんて見出し、もうちっとも目に入ってこない。


「あー・・・まったく。何考えてんだろうなぁ」
彼はタバコを灰皿に置き、ごくりと紙コップに入ったコーヒーを飲んでいる。 まるで気をおちつけるかのように。

わけわかんねぇ。

さっきと同じ言葉が彼の口から出てくる。
私だって、わけわかんないよ。
だけど、制服姿の私とあまりにも不釣合いなあなたの姿を見てたら、ちょっと悲しくなったの。


「まあ、とにかくだ」
気を取り直したかのような言葉に思い切って顔をあげると、 コーヒーもタバコも手にしていない真面目な表情の彼が、いた。
「俺はオマエが女で良かったと思ってるし、宇宙人であったとしても、好きだから」
「・・・・・・・・・」
「二回目は言わないからな」
「・・・・ケチ」
「ケチでも何でも。とにかく、行きたいとこサッサと決めてしまえ」
「・・・うん」
こくりと頷いて、そのついでにコソっと目のふちの涙を指でぬぐった。
あー、ホントにどこ行こうかなぁ、なんて笑ってみせながら。


年の差は相変わらず。
雑誌の女優サンは、今日もキレイだ。
宇宙人になって、気持ちを忘れることもできない。
でも、あなたが好きだって言ってくれるなら。

女でよかったかもなんて思ってしまう単純な自分が、ちょっとだけ、カワイイ。


好きな人につりあわなくてジタバタしてる女の子が書きたかった。
年上好み、ほみスケ(笑)

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