『指先』 好みの手だ。 指がキレイだ、と思った。 気がつけば恋に落ちてしまっていた。たったそれだけで。 つくづく自分は恋愛体質だと、ため息をつきたい気分でそう思う。 指から始まって3か月。 恋は今だに一方通行のままだ。 同じ職場の直接の上司。相互通行にしたくても、なかなか現状が許さない。 □ 休憩中すみません、と声をかけた。喫煙所には彼しかいない。 「この資料なんですけど」 うん?と振り返った人に、コピーしたばかりの資料を渡す。 何気ないふりをしながら、相手の指をチラリと見る。 決して長いとは言えないけれど、しっかりとした関節を持つ指。 その先の白くて大きな三日月がくっきりとした爪。 キレイだなあ。 単純な感想しか出てこない。でも、案外そういうものかもしれない。 心の中ではぷくぷくとどうしようもない幸せの泡がわき出してきているのに。 言葉にしてみたら、まるで当たり前の感想しか出てこない。 「わかった。じゃあこれは会議用として上に出しておくから」 タバコをはさんだ反対側の指でコピーの束をつかんだ、その人が言う。 仕事中の厳しい顔。 「お願いします」 「ああ、そういえば」 何でしょう? デスクに戻ろうとしたところを呼び止められ、首をかしげて立ち止まる。 「・・・・・そういえば、指のサイズは何号?」 「9、ですけど」 何気ないふうを装いながら内心ひやひやしていた。 指のことを考えていたのがバレたような気がして。 「細くない?」 言葉と一緒にふうっと白い煙が吐き出されてくる。 もちろん、こちらにはあたらないように。 「普通じゃないですか?」 実際は平均的な指のサイズなんて知らないのだけれど。 「いや、今度指輪を渡したいと思ってるんだけど。・・・・・受け取ってくれるかなあ、って」 「誰か渡したい方がいらっしゃるんですか?」 「あー、うん。まあ」 「そうですか」 なるべく普通の口調で答えようと努力してみるけど、やっぱり無理だ。唇が震える。 なんだ、好きな人が------それも結婚したい相手がいたなんて。 ちっとも知らなかった。 でも仕方がない。自分は彼にとってただの部下なのだ。 わかってはいたけれど、さすがに現実をつきつけられるとツラい。 「受け取って貰えるといいですね。・・・・・失礼します」 これ以上彼の前に立っていられるわけがない。 泣きそう。 泣き顔なんか見られたくない。絶対に。 足早に立ち去ろうとしたのに、彼の声が追いかけてくる。 「それはOKしてくれるっていうこと?」 「え?」 振り返ると、仕事用ではない、真面目な、でもテレた色を滲ませた顔の彼がいた。 「否定しないと、了解したって都合いいように受け止めるぞ」 「・・・・・急すぎますよ」 なんなの。 ホントに急すぎる。 「そうか、急すぎるかな」 「そうですよ。まだ何も始まってないじゃないですか」 「君が入社したときからずっと見てた。自分の部下として配属されて、ますます好きになった。これだけじゃ理由にならないか」 「・・・・・・・・・・・」 唇から知らず知らずのうちに、甘いため息が落ちていた。 十分な理由です。 恋に落ちるのなんて、きっと指の先程の小さな理由からなんです。 「ホントに、急」 困ったように言いながら。 実は嬉しくてかすんだ頭の中で、ペアのリングをつける日も遠くないかもなあ、なんて事をぼんやり思った。 |
・・・急すぎだよ(汗) 手(指)が「キレイ」というより、「いい味してる」人って 大好きです。それだけで恋に落ちたりはしませんが(笑) >>Novels top |