大戦も終わって間もなく、おれはそういった仲問との別れが来ることをうっすら考えてはいた
けれど、それはもっとずっと先のことのように勝手に思ってた。
午後のティータイム。聞えはいいけど、実のところヒマつぶし。おれやヒュンケル、ラーハルトはとくに重傷だったので、仲間が
復興に働き始めた今もまだ療養中。もっとも心配性の仲間たちが半強制的におれたちに休養を取らせてるんだけど。
おいてけ堀をくら
ってるみたいで、ちょっと淋しいけれど、みんなの気持ちもわかるからじっとしてた。それなのに。
居間の入り口からヒュンケルの長身がのぞいた。
「ヒュンケルッ」
ソファーから立ち上がりながら、ヒュンケルを呼び止める。ヒュンケルも気が付いて入ってくると、おれの向かい側のソファーに腰
かけて、おれにも座るように目で促す。色味のない不思議な目が、おれを見つめる。おれの言いたいことは分かってるぞ、っていう目
で。
ふと、自分の手元に視線を落として、ああ、違うなあと思う。ヒュンケルには目に限らず、色がない。いま少し伸びてる肩にかか
った髪も、その先っちょの方はうっすらと透けて、服の色を参ませてるし、肌は……肌色じゃない。レオナやアバン先生も色は自いけ
ど、それとも違う。レオナのお気に入りのワイルドベリーのカップ。きれいなプルーの実。その下地の白い色にちかい感じ。俺とは正
反対。
「明後日に立つことにした」
「………うん」
もっとたくさん言いたいことはあったはずだけど、結局それしかいえなくて。なんだか情なくて涙がにじんだ。あわててうつむく。
「おれすごく世界はでかいんだなって、バーンとか、いろんな人にであって思った。すごく驚くことぱっかりで、島にいたころこんな 風にいろんな世界が果てしないくらいに広がってるなんて、実感なかった」
変なことを言ってる。もっとヒュンケルのこととか聞いといたほうがいいに決まってるのに。
「そうだな」
優しい声。ハスキーで心地いい、安心していいっていつも思わせてくれた。でも今なんだか引っかかって、顔をあげてヒュンケルを 見た。いつもと変わらない。でも……。
「ヒュンケルはちがうの?」
一呼吸置いてヒュンケルが苦笑した。そうしてじっと待っているおれに軽く息をついて、つ、と前にある砂糖菓子の入った硝子のポ ッドに指をかけた。レオナがくれたそれは、色とりどりの砂糖菓子が、凝ったデザインの硝子の器に入れられ、金色の捩じ込み式の蓋 がついている。
「……こんな感じだな。ぴったりと閉じられた器の中に、様々なものが存在している。軽く揺すると内容物は摩擦し、欠けたり磨り減
ったりすることいもある。端にいるものは容器から溢れ出そうとするが、結果は同じだ。この硝子の壁に崩れてしまう。くずれた色と
りどりのかけらは底に混ざりあって溜まっていく。この世界は限界と摩擦で成り立っている」
「よく……わかんないけど……。でもヒュンケルはこの中にいないみたいだ」
ポッドをのぞき込みながら答える。菓子は色とりどりで色の無いものはない。すると笑ってヒュンケルは底に澱のように溜まった砂 糖粒を指差した。
「オレはたぶんこれだな」
そのときおれは心の中で、絶対に会いに行こうと思った。ヒュンケルがどこへ行っても捜し出して、必ずいつかこのヒュンケルの表情
を理解できたときに。ううん、理解出来るかもしれないと感じたときに。
5年たった。結局分らないままおれはヒュンケルの元へ向かっている。別の理由で。でも……もしかしたらこの痛みは……。
そんなばかげた望みを抱いて。