暴れん坊JOJO/番外
暴れん坊JOJO/花囁欲折
花に囁く。手折りたいと
都会のど真ん中、放射状にやたら何本も伸びている横断歩道の上で、ぽかんとマヌケ面さらして固まる俺に、承太郎さんは口の端だけを上げて笑う。
「何呆けてんだ仗助。信号が変わるぜ」
杜王町で別れてから2年が経っていた。
初めて町を出て、やってきた東京の。待ち合わせなんてしてないのに。
どうしてこんな風にこの人は、俺前ににいつも唐突にあらわれて。
どうしてこんな衝撃を刻まれるこの人を忘れて、他の誰かを見ていられるなんて思う?
返事をしなくては、と思うのに、唇が震えるだけで声が出ない。
そんな俺を見た承太郎さんが目を細めて、二の腕をつかんで引きずるように歩き出した。俺はただそれについていく。
「そうしゃちこばるな。いきなり獲って喰いやしねぇぜ」
「べっ、ベ、別にっそんな」
杜王町なんかとは比べ物にならないハンパねぇ数の通行人。
それでも承太郎さんの身長もルックスも抜きん出ていて、それに腕をとられて歩く俺ごと、注目の的になっているのがわかる。
あわてて隣に並ぶように歩調を合わせると、承太郎さんは俺の腕を離した。
歩きながら、ちらりと視線が俺の方に向けられる。
「その学生服姿も、なんだか懐かしいな」
さっきとはまた違う、やさしい口元の笑い。軽い切り替えしなんて出来ずに、あっという間に顔に血が上る。あーーー、まんまガキみてぇ。
俺は進路を美容師って決めて、東京の専門学校にした。
やるからにはいろんなモンが見たいし、デカイ環境でもまれてワザを身につけたい。単純に都会への憧れもあった。
手続きとかモロモロもあるけど、やっぱりどんなトコか見ときたいし。通うのは当然無理なんで住むとこも決めなきゃいけないし。
そんで、上京初日の今日は専門学校と不動産屋めぐりでいつものガクラン。どんなカッコしていいかイマイチ判んなかったし、ま、平日だしな。これならありふれた学生ってことで、田舎モンって浮くってこともないだろ?
俺は変な高揚と、緊張と、期待の入り混じったテンションで、そわそわしながら専門学校の手続きを済ませたとこだった。これから事前に下調べしておいた、目ぼしい町を見て回って家を。……今日中に決めるか、メドつけないと。
明日は承太郎さんと2年ぶりに会えるんだ。
それがこの奇妙なテンションの理由。
メールと電話のやりとりはあったけど、直接会える機会はずっと無かった。
声と、文字。
それだけで、俺と承太郎さんの間には、杜王町ですごした時間とは別のものが構築されようとしている。
眼に見えないそれは、もしかしたら、本当は無いものなんじゃないかと思うこともある。
俺の中にだけ勝手に積まれていく欠片は、承太郎さんにとってどう見えるんだろう。
アメリカに拠点を持ってる承太郎さんが、里帰りする予定があるって聞いて。
「会いたい」って、なんの理性もはたらく間もなく口からこぼれてた。
だから今日はちゃんと寝て、現実の諸事情も外におしやって、明日は落ち着いた気持ちで、「俺だってちゃんとしてんスよ」って顔で承太郎さんに会う計画だった……。
っつーのに!ほんっとこの人は!俺の段取りなんか無視だよ。ホントいっつも。
いろんなものが、どっと押し寄せてきて、おれは涙腺がゆるまないように唇を噛んだ。
それでもかすかに目元が重く感じられた。ヤベ。
どこ行くんだろう、とか、承太郎さんはなんの用でここにいるんだろうとか、出来るだけ気持ちとは無関係なことを考える。
伏せていた視線をあげて横を歩く承太郎さんの様子を伺うと、承太郎さんはずっとこちらを見ていたらしいのに、気づいてまたドキリとする。ああ!もう!俺って!!
「あんまり、街中で煽るな。仗助」
スッと、スマートな仕草で耳元に寄せられた口からこぼれた低い声に、背中が一瞬震えた。
メシは?と短く振られて、「た、食べました」ってコクコクと頷いた。
自分でもバカみたいに緊張してる、ってイラついたけど、どきどきはどうにも止まってくれない。いつものガクランに斜めがけしてる、いつもと違う大きいバッグのストラップを思わず握り締める。
心のどこかで、もう承太郎さんとは会うことはないんじゃないか、思っていた自分がいたって思い知る。あの港で別れたときには、まだトクベツな名前をつけずにいた気持。でももうとっくに手遅れで、だって自覚するのが恐ろしいってそうゆうコトだろ?
けど認めてやる前から、あきらめていた。傷つく前に。だって俺は強くなくちゃいけないから。
それなのに、もう一方ではあきらめたくないと喚く俺がいて、意地きたねぇーくらいにあの人に向かう気持ちは止められなかった。
携帯から聞こえてきた電子音に変換されたあの声に、名前を呼ばれるだけでどれだけ。いや、嬉しいとかそんなでもなくって、ただ信じられなかった。
あれから2年が過ぎて、俺も18歳になった。
承太郎さんと会えるんだってなって、俺はビビった。あまりに承太郎さんに向かう俺が変わらなさ過ぎて。
ただでさえ13も年下なのに、俺は承太郎さんへの気持ちに関しては、あの冬の杜王町に取り残された16のガキのままなんだって思い知らされた。
「こんど入る専門学校の学食がもう使えるんで、さっそく」
ぐちゃぐちゃな気持ちとは関係なく、いつもの軽いノリで口先はなめらかに動き出した。
バッグのサイドにつっこんでいた学生書にもなっているICカードをひっぱりだして、かざしながら解説する。コレ、午前中に手続き済ませたんスけどね。
「やぁっぱ、都会って違うっスよね。コレ1枚で定期にもなるし、出欠も取れるし、学食でメシも食えるし……」
俺の右側、半歩前を歩く承太郎さんは視線を前に向けたままだったけど、聞いていてくれるのが判る。返事もないのに、気まずさみたいなものはなかった。
承太郎さんの耳のかたちを眺めながら、続ける言葉だけが気持ちを置き去りにして上滑りしつづける。
「そんで、午後は家探しっスよ」
精悍と言うにはやや整いすぎた横顔を眺めた。姿は初めて会ったときとまるで変わらないのに、若い姿には不釣合いなほどの、貫禄みたいなスゴみがある30代の男の顔で。
突然の再会、行き先も聞かずにただついて歩くうちに、いつの間にか高層ビルの地下駐車場へつづく入り口に差し掛かった。
車高の注意書きだけが表示された空間への出入り口は、真っ昼間の明るい世界に、暗い影を切り取られた境界線のように引いていた。
「……承太郎さん」
さしかかる承太郎さんの顔にも影が落ちて、表情が見えなくなる。
「好きっスよ」
勝手に言葉を連ねていた体と意識が、ふいに重なって現実感がすとんと腹に落ちたとたん、ハダカのまんまの気持ちがそこに零れ落ちていた。
「どうしようもねぇよなぁ」
心の中だけで、ごめんなさいって、俺は年上の甥に詫びを入れた。
これまでのことも、これからのことも。俺が踏み越えようとしている何かも。
壊してしまうどこかやわらかく優しい、きれいなものに。
期待とか、希望とか、
そんなありふれた輝かしいはずの何かに。
***
照りつける日差しが、じりじりと肌を焼く。
船上での生活(ほとんどそう呼んでいいだろう時間を費やす場だ)で慣れているはずのそれが、どうしてかひどく不愉快に感じた。まだ春先、ちょっとした異常気象といっていい日和ではあるにしても、まだ夏には遠い。
海上でならばあっというまに蒸発する汗が、皮膜のように、肌に延々と居座るせいかもしれない。
あるいは。
俺は半歩斜め後ろを、沿うように歩く黒い姿をちらりと眺めた。
――― おれにいらぬ汗をかかせているのは、焦りなのかもしれん。
この熱を体内に生み出しているのは、自分自身の欲かもしれなかった。
杜王町とはまた別の意味で広い、このごみごみと狭苦しい都会の真ん中で、仗助の姿を見つけたとき、一瞬であの閉ざされた低い空の街がよみがえった。
そして同時に沸きあがった耐え難い飢えの焦り。
今更『沸き立った感情をコントロールできない』などという自分は、とうに無い。
それは『ソレを放棄した自分を、仗助の目の前に放り出してみたい』という、むしろ露悪的な大人の欲だった。あざとく、確信的だ。
2年前の姿とほとんど変わりない(もっとも、当時から日本人の平均的な16歳としてはずいぶん立派な体つきだったのだから、これは成長速度の問題だろう)容貌と、これまた変わらない制服姿。
だが、2年前には感じなかったものが、今はある。
確実に、変わってしまったものが少なくとも俺にはある。
こんな、自分とよく似たパーツを持った、けれどまるで違う、そして間違いなく同じルーツを持つ男に欲情する。
肉体的にも、精神的にも。支配し、搾取し、乞わせたい。
俺だけがすべてだと、泣かせたい。
誰にも、それこそ家族や、あるならばこれまでの性交の相手にも、聞かせたことのない声をあげさせたいのだ。俺の前で。
この、直接会うことのない2年のあいだ、実のところ少しばかり期待していた。
直接会えば、元々薄いきらいのある自身の『肉親への愛情』というやつが、いくらか働くことがあるかもしれん、と。
まったく気休めにすぎなかったわけだ。
ふいに立ち止まった仗助の気配で振り返る。
地下駐車場への出入り口は、無造作に暗闇を作り出していて、まるで鋭利な刃物で区切られたように明暗を地面に描いていた。
ちょうど手前で立ち止まった仗助は、明るいひかりと街の喧騒に彩られている。
強い光で藍色の瞳が、明るい海の色のように澄んで俺を見つめていた。
濡れたような目と、通った鼻筋、そして唇。
そこをたどった俺の目の色は。一歩先んじた、暗い影に入った俺の姿は、仗助からは見えまい。
仗助の唇が震えた。ためらうような、声のない動きのあとで、絞り出すように俺の名前を呼ぶ。感情を吐露する。
「どうしようもねぇよなぁ」
そうか。
俺は声を漏らさずに、仗助に伝わらぬように笑った。
だったら仕方ねぇな。
この欲も、非常さも、俺だけのものでなく、いつかお前のものにもなっていたんだというなら。お前は俺が手をのばしてもいい、大人になったんだということじゃねぇか?
俺は腕だけをのばすと、立ち止まっていた仗助をひきずり寄せて抱き込んだ。狭い、人工的な暗闇の隅で、急な暗さに目をしばたく仗助を無視して、噛みつくように口づけた。
一瞬こわばった体をこじ開けるように、舌を口内にねじ込み、唾液を含ませた。
すがるようにしがみつく仗助の腕を感じて、さらに腰を引き寄せて貪る。
それが、最初の交わりだった。
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