暴れん坊JOJO/番外

番外/雪の降る町で


 
世界は気候変動で、日本は温暖化しているらしい。

俺はしん、と静まった外の冷たい空気に肩を縮めた。海に近い立地のせいか、とてもそんな温暖化とかは感じられない。でも、そうか。去年は雪かきもそれほど苦にならなかった気もする。
海の色は暗くて、空も低い。

『だからそんな風に、透けるみたいな肌なんだろうな』

ふいにわき腹をなぞるてのひらの感触を思い出して、マフラーを立ててうつむけた顔を埋めた。
顔に熱が上がるのがわかる。くっそ、時と場合をわきまえて出てきてくれよ! やつあたり気味な文句を内心でつぶやいた。ベッドの中で包まれる、あの幸福なにおいまで再現されそうで、居ない人を睨みつける。
同じ血筋で、東洋人のDNAの割合は一緒なはずなのに、個性っちゃぁそれまでだけど、俺とあの人の肌の色は違う。俺のほうが確かに白いし、何より血色がすぐに出る。
海にばかりいて、焼いたり、戻ったりを繰り返しているせいか、……大人の重ねた時間ってやつなのかあの人の肌色は深い色だ。
俺の贔屓と引け目とがそう見せているのかもしれないけれど。
普段顔色の変わることのない人だけど、それはセックスの最中ですらそうだ。
俺はだからあの人の肌を、興奮で染めようとやっきになる。

どうすれば感じる?
どうすれば、もっと余裕無く。
俺で、……俺に夢中になる?
オレはこんなに、あんたの手で変えられているのに。

ウッドデッキとはいえ、冷たくなってきた尻をもぞもぞと動かしながら、俺はいっそう寒さに身を縮めた。ロングのダウンはカッコがイマイチだけど、仕方ない。中は厚着するのが苦手だから、ここは妥協するしかない。あ〜あ、新しいの買ったほうがよかったかな。
海沿いの、ナントカって建築家の古い別荘に手を入れた店舗兼住居の俺の家は、他の家との距離もあるせいで静かだ。正月で車もほとんど通らないし、生活音もしない。俺しかいない家から物音がするはずもなく(したら怖えぇ)、世界の終わりもこんなカンジかもしれねぇと思ったりする。
暗い海の色。灰色の空。白い雪。
音は聞こえないけれど、あのちいさく見える家の中では、きっとあったかくて幸福な家族がいたりして、だらだらとクソ面白くもネェ正月特番とか見て、ゴロ寝してみかんとか食って。
だからきっと、オレンジ色のあったかい世界なんだろうな、とか、ぼんやり考えた。

明日になったらここだって客が来る。
俺ひとりでまわすから、大した客はとれないけど、ありがてぇことにたいがい忙しい。
2日からは新年のあいさつで着付けしたいって人の予約がもう入ってる。
美容室の年末年始ってのはほとんど休みが無い。近頃着物を着る機会がめっきり減った日本人が、一番着る機会が多いのは正月と、成人式と、七五三って相場が決まってる。
成人式の予約なんかとっくに埋まってる。独立して始めて迎えるけど、人数を取らないせいもあって抽選になったくらいだ。
だからまるっきり休めるのは元旦の今日だけだ。
だから俺はここにひとりっきりでいる。
また、ちらついてきた雪をまぶたを閉じて視界からおいだした。



「まつげに雪がのってるぜ」

凍って浮ついた道を、サクサクと一定に踏みしめる音がして、声がふってくる。
俺はゆっくりとまたたいて、見上げた。

「鼻が赤い」

どんだけ外にいたんだ、ばかじゃねぇか、中で待ちゃぁいいだろ。そんな風にこの人は言わない。俺の乞う気持ちを見透かしているから、そんな風には言わないんだろう。
ほんとうに雪がのっていたらしいまつげから、溶けた雫が落ちた。涙みたいに。

「おせえよ、じょうたろうさん」
「ああ、すまない」

皮の手袋をはずして、俺のひざの上に放ると、ぐいっと俺の頬を両手で包むようにして引き上げた。くちびるが鼻先をかすめて、それから鼻同士がこすれて、唇が俺のを覆った。
承太郎さんの唇も鼻も、俺とさして変わらないつめたさだった。そういえば、車のエンジン音は聞かなかったな、と思い出す。
それでもこの人の顔色は、べつに俺みたいに赤くなったりもしていないけど。

「手袋落とすなよ」

声と同時に体を抱え上げられて、あわてて首にかじりついた。

「ちょ……承太郎さん?!」
「耳も赤いな」

食まれた唇の感覚すら痛くて、俺は抗議の声をひっこめた。

「……初詣は?」
「後でな。暖まってからだ。……俺以外のモンで、染まるなよ仗助」
「そんな、いくらなんでもムチャっしょ!」

言ったそばから、耳元でささやかれた言葉だけで俺はいっそう赤く染まった。あ〜あ、もうどうしようもねぇなぁ。

「……おかえんなさい、承太郎さん」

吐息だけで笑う振動が、直接頬を伝わってくる。
あんたも俺だけで染まってよ。
そうお願いしてみよう。八百万の神様がいるんだ、ひとりくらい俺のバカな望みも笑って聞いてくれるかもしれない。
 

 

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