落ちる青

JOJO 原作設定

弧を描くように空中で変化する青。
螺旋の透明な雫。旋回して交わる光。
突然あらわれた、ちいさな海を想わせるそれ。




吉良吉影との闘いに決着をつけたあと、そのまま仗助は入院した。
謎の爆破事故は、家庭用調理器具の不完全燃焼によるガス漏れ、仗助はたまたま通りがかって人影を見つけ、助けに入って二次爆発に巻き込まれた。というくだりで決着がついた。
その人影がその家にまったく関係のない、吉良吉影であることは通りがかりの高校生に知りようがない、ということで謎のままだ。
仗助の怪我は重傷だった。
通常ならばとても身動きできるような状態ではない。腹部と脚部の貫通裂傷。救急車で運ばれて、そのまま手術室送りとなった。

「入るぞ」

承太郎は『ヒガシカタ』とちいさなプレートを差し込まれた、個室の引き戸をあけて入った。目隠しの衝立をよけてベッドへと寄ると、その上で半分上体を起こして、仗助が空中に手をさしのべている。そのてのひらの上あたりで、それはおこっていた。

「何をしてる」
「あ、承太郎さ〜ん。腹減ったよ〜」
「……まだ無理だ。我慢しろ」
「ううーっ、吉良め〜。恨むぜ〜、あの変態爆弾ヤロー」

腹部に刺さった木片が内臓に達していたために、まだ通常の食事が許可されていない仗助は、今頃になって吉良への不満がうっせきしているらしい。
決着がついた、という安心感もあるのだろう。その口調は明るい。

「で、何だそれは」
「液体の砂時計みたいなヤツですよ。色つきのオイルがこう、いったりきたりして」
「そうは見えねぇが」

中空に浮かぶ、ガラス片とプラスチック、そして人工的につけられた青と透明の液体がゆっくりと旋回する様を眺めながら、承太郎はため息をついた。
学校の女の子たちが見舞いにってくれたんスけどね。女子ってこーゆーの好きッスよねぇ。俺、雑誌とかの方がありがてぇんだけど。
仗助の説明を聞きながら、承太郎は傍らにある折りたたみイスを引き寄せて腰掛ける。

「できるだけゆーーっくり『治し』てんスよ」
「使い方が違うんじゃねぇか?」

承太郎の呆れたような声に、仗助も笑う。

「いつも目にもとまらねぇ速さってのには意識してたんスけど、ゆっくりってのは慣れてなくって。でも、もうほとんど完璧。コントロールできますよ」
「何がしてぇんだ。だいたい人に見られたら……」

承太郎の言葉が終わらない、一瞬のうちに、仗助の手には完全に再生されたオブジェが握られていた。まばたきほどの間もない。

「見間違いですよ。って、ね?」

たしかに見た者は自分の目のほうを疑うだろう。

「そうとうヒマらしいな」
「そりゃそーですよ。寝てばっかりで、流石にもう無理っす。
まぁ、夕方は康一たちがノート持ってきてくれんで、暇つぶしになりますけど。
まっさか、俺が勉強まじめにすんなんて……」
「吉良に感謝でもするか?」
「ジョーーダンっしょっ。ありえねー!」

発現したままだったクレイジーDの腕が上がって、仗助の手の上のオブジェを拳で破壊する。オブジェは再び粉々に飛散し、ある程度飛び散った先でぴたりと静止し、次には仗助の元へとゆっくりと戻り始める。

「……バイツァ・ダストって、吉良のヤローの。あれって時間を1時間『一瞬で巻き戻す』能力ってことなんスよね?」
「そうだな」
「俺の『治す』能力って、もしかして近いのかなって思いついたんスよ。んで、できるだけ『治る』とこが見えるようにしてみようと思って。
俺ってガキのころからこの能力使えてたんで、あんましどうなってんのかって考えたことねぇんスよね〜」

偽モノの海が、仗助のてのひらで波をたてる。

「治癒速度を速めてるんなら、『治し』てるときに結構痛いと思うんスよね〜。だいたい、治せんの生き物だけじゃないし」
「対象を限定した時間の回復か。それでどうして、元通りに戻らないことがあるんだ?」
「……どうしてッスかね?」

けっこうイイとこいってると思ったんだけどなぁ。とぼやく仗助に、承太郎が目を細める。いいんじゃねぇか? 承太郎の言葉に、仗助が振り向いた。

「スタンドは精神の力だ。お前の心のありようだ。それでいい」
「……」

元通りに戻らない、あるいは変えることが出来るのは、そこに仗助の意思が干渉しているからだ。承太郎はしかし、それを言葉にはしなかった。
この能力のありようをはじめて見たときの、ある種の感動は、すべてを凌駕するものだったからだ。
自分らしくない、と思わないでもなかったが、理由は必要がないと思わせるものがそこにはあった。おそらく仗助本人が自覚しているよりも深く、それは承太郎に刻まれた。

ゆっくりと復元されつつある、仗助のてのひらの上に浮かぶオブジェ。それをはさむように上から承太郎が手をのばす。スタープラチナの腕がわずかに力を込めると、簡単にオブジェが崩れていく。
破片と液体がぐるりと回りながら、承太郎と仗助の手にはさまれた空間を、奇妙な均衡を保って球形を維持しながら回流している。
破壊と再生を繰り返しながら、常に流動し続ける青と白の球体は、地球をいろどる海と雲にも似ている。

「お前が退院したら」

承太郎が手を退けると、後を追うようにオブジェがもとの姿を取り戻していく。ついには完全に修復して、オイルがゆっくりと時を刻みはじめた。

「杜王町を離れる」

じっと承太郎をみつめる仗助がゆっくりとまばたく。
ひたり、と青みがかった静かな仗助の瞳が承太郎を見つめた。

「……スゲー癪だけど、ほんのちょっぴりだけ、入院も悪くねぇ、かな」

薄くわらう仗助の表情はどこか疲れたような影がある。しかし次の瞬間にはいつもの、ごくあたりまえの高校生らしいものになった。

「だけど、絶対吉良のヤローには感謝しねぇ!ぜぇぇったい!」 

こどものように、口元を尖らせて言い張るくせに。
本当に言いたいことは口にしない、強情な子供だな。てめぇは。

承太郎が沈黙のまま、その視線を外しもせずにいると、仗助はあきらめたようにひとつ息をついた。
オブジェを持たない方の腕が上がると、点滴の管がいましめのように下がっているのが見える。あるいはその管の先は、この町につながっているのかもしれなかった。
その腕をとって、承太郎は仗助の体を抱きとめる。


触れた唇は、つづく微熱のために熱く、少しカサついていた。
 

 

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