許容のひかり

その幸運


 
ヒュンケルはふいに目を覚ました。
ややそれた頭上に薄ぼんやりとあかりをもらす窓を見た。
カーテンなどという上等なものはない。開けるには押し上げ、つっかい棒をかませるだけの簡単な作りの木の窓が、切り取られた漆喰の壁に埋まっている。
当然ながらそれは完全な密封とはならず、少しの空気とあかりを部屋にもたらす。
何の飾り気もないヒュンケルの寝室の、わずかばかりの表情があらわれる一角でもある。
雨の日は湿った空気と、乾いた木を濡らすつぶての音を。
春の花の香り、夕餉の隣家の煙、子供の泣き声。
そしてうすぼんやりと煙る早朝のひかり。
さして大きくもないシングルのベッドに、背に触れるかすかなぬくもりを刺激しないよう、注意しながらそのままの姿勢で首をめぐらせた。
背中あわせの壁側には規則正しい呼吸を続けるアバンがいた。
壁のすみになついて寝るのが落ちつくようで、たいがい寝床をいっしょにするときには壁側をアバンが占領する。
穴ぐら暮らしの長いはずのヒュンケルには、むしろそんな癖はなかった。
野営をするときに壁に背を取ることはあっても、それは開くまで便宜上のことだ。
戦争が過ぎ去り、だれも彼もが生活にあくせくし、勇者など祭りの催し物か子供のヒーローとして登場するのがせいぜいとなった平和な日常に、わざわざそんな狭苦しい寝方をすることもなかった。
ただ眠りが浅く気配に聡いのは、もはや変わることのないヒュンケルの体質のようなものだ。
それとも年を重ねることで朝が早くなるという、多数の人間の特徴によるものに、いくらか自分もあやかる年になったということだろうか。
常に身体を酷使していたこともある。消耗は早いかもしれない。
目覚める様子のないアバンに安心して、ヒュンケルはめぐらしていた首を枕にあずけた。
あと1時間ほどもすれば今日も世は明ける。
数時間経れば町の生活の雑音も満ちてくるだろう。
―――たとえば。
ヒュンケルは目を閉じた。ここで自分が息絶えたとして、それでも何ら変わることもない日常がこのベッド以外の空間では続く。
だが同じだけ、この何らもはや世界の何かに貢献することのない自分であっても、この世界は自分の存在を許容するのだ。
かつて長年この世界に向けつづけた、ありあまる呪いも、害意も、それが今の自分を排斥しようとする力として返ってくることのない柔軟さに感嘆する。
それに気付いたのは戦いのずっと後だ。
贖罪も迷いも惧れも、拭い去れない孤独の痛みも、ただ己の中にあるだけだ。
背中の向こう側にある、なにも育まない生存本能に反したぬくもり。
「生きる」ことの許されるいくばくかの世界。
そんなものでも、それが自分を癒す。
この幸運。
ヒュンケルは再び浅いまどろみに落ちた。  

 

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