バカップル・ゴーゴー

人生は喜劇だ。オチなんてない


 
気だるい目覚めだ。ぼんやりと意識が表層に上がっていくなかで、ヒュンケルはぼんやりと違和感を感じた。
寝返りついでに離れていた体温を巻きこんだのはいいが、なんだか感触が違う。
目を開けることもなくせず、さらに胸まで抱きこんだ。

やっこい……。

熱い……。

やっぱりまぶたを上げないまま、ヒュンケルは眉間にシワを寄せた。
なんでこんなに抱きこんだのに、脚の感触がないんだ。
しかも気のせいか、腕の中からは変な音までしている気がしないか。

「……」

ようやく目をあけた。思いっきりイヤイヤだったが。
もう見なれた、青味がかった銀髪の頭が間近に見える。いつも趣味悪くくるくると巻いているので気付かないが、存外癖のないまっすぐな髪だ。
白っぽい自分の銀髪とは違って、ヒュンケルはこの髪も気に入っていた。
昨夜の甘い行為の余韻も手伝って、そっとつむじに口付けた。

「アバン」
「く、くるしいってば〜」

ひくり、とヒュンケルの呼吸と身体が固まった。

「そんなにしたら窒息しますよーぅ」

次の瞬間にヒュンケルは飛び起きた。その動きは好敵手とかいて"とも"と呼ぶラーハルトより速く、溺愛パパのライディンよりキレていたが、その人生の最速ぶりをヒュンケルは自覚できなかった。
もったいない。

「な、な、何だ貴様はっ!!」

天井に張りつかなかっただけまし、という勢いで、ベッドを降り窓際に張りついたヒュンケルはベッドに残る物体に、おもっきりどもりつつ誰何した。
いつもより1オクターブ声が高く、少々ひっくり返っている。世のクールな外見に自主的に騙されている(ヒュンケル自身に意図はない)女性陣が見たら、いささか認識を改めるかもしれない。やだー、ビジュアルお笑い系じゃーん、みたいな。

「誰って自分でさっきアバンて呼んでるじゃないですか〜。っていうか、誰だか判らない相手に昨晩のようなコトするわけですか?あは、刺しちゃいますよ〜☆きゃっ」
「そのふざけた物言い、にこやかな死刑宣告、いたずらに愛くるしい表情で底冷えする視線……た、たしかにアバンだな……」
「やだなー、ナニ言ってるんです、ヒュンケル。っていうかそんな風に思ってたんだ〜」

アバンの笑顔がいっそう華やかに、殺気をはらんで暗雲を呼びそうになっているのは気のせいではあるまい。
だがヒュンケルには自分の余命の算段よりも心を占める、目の前の出来事でいっぱいいっぱいだった。

「変人っぷりは言動だけにしておけっ!なんだそのなりは!俺は貴様と違ってショタコンプレイなど趣味にないぞっ、モシャスか、メタパニか、すぐ解け、今解け、とっとと解け!」
「……」

眼鏡をかけていない、無駄に大きくくりくりとした蜜色の目がまたたいて、そっと自分の手を見る。

小さい……。

ばばっと慌てて自分の身体を見まわした。
子供だ、思いっきり子供だ、五歳児というところだ。少なくとも見える体は。

「ヒュンケル」
「ど、どうした」
「あなたがあんまり馬鹿力で腰を抱くから、上アバンと下アバンが分離してちっちゃくなったじゃないですか」

思いっきり困った子ですね〜、と186cmの27歳青年に向かってため息をつく5歳児。

「ぎゃあっ!貴様、奇人だ、変人だとは思っていたが人ですらなかったのか!」

ほとんど涙目のヒュンケルはまるで見えない敵を追うように、きょろきょろと当たりを見まわしている。目の前にいるのが上だかシモだかしれないが、もう一匹はどこだぁぁっ、と無言の叫びが痛々しい。

「――― なわけないでしょ。ヒュンケルちゃーん、人間はキルバーンみたいに輪切りにされても生きてたりしないでしゅよ〜」
「……」

封印していた精神廃棄物、暗黒闘気がちょろっと漏れかかっている。右耳当たりから。
ヒュンケルが起き抜けに続く精神攻撃に、非行に走った魔王軍在籍中のような、世をすねた目をしたとしても誰が責められるだろう。
だが誰が同情して責めずとも、ここにただ1人、容赦も慈悲もなく笑顔でツッコむ人間がいる。

「だ〜れ〜が〜ショタプレイ好きですって?」

ツッコみどころが、また、ヒュンケルの精神的ショックとは無縁の、自分に関わるところなところがスゴイ。「貴様と違って」という余計な一言の意味するところを聞き流したりしないあたりが容赦ない。

「貴様の弟子は餓鬼ばかりじゃないか」
「当たり前でしょ、英才教育は子供のころから!常識でしょうが。育ちきった、手垢のつきまくったアホに教えてどーすんです」
「貴様それが教育者の台詞か!」
「私は家庭教師だもーん、公共教員ちがうもーん」

37歳のオッサンが「もーん」ってなんだ、「もーん」って。
だが目の前にいるのはすくなくとも見た目は5歳児。
か、かわいい。
そして非行歴の割にまともなヒュンケルは、不毛な応酬と、いっしゅんなりと可愛いなどと思ってしまった自己嫌悪に、一瞬意識が遠のき、お花畑とそのむこうに、落ち窪んだ頭骸骨の眼窩から光る生々しい目を光らせて6本の手を振る父親を垣間見た。



ばたん、と乱暴に扉があけられ、長身の優男が通りに姿を表した。
ちなみにここはパプニカの城下町。ちょっとメイン通りからは外れた程よい住宅密集地。
なんでこのゲイバカップルが暮すのがパプニカなのか。もちろん設定上面白いからである。レオナ姫がいるからね!
洗濯物を干していた近所のおばちゃんや、八百屋のおかあさん、パン屋のおっちゃんなどがその気迫と勢いに飛び出てきたヒュンケルに注視する。
ヒュンケルはナリもデカク、身体も視線や挙動も普通の人間と違って戦士であることは容易にご近所にも知れることだったが、その人物像に反してひどく物静かで戦士にありがちな粗雑さのない男だった。
接してみると記憶喪失で自分を人間と思いこんだクマが、不器用に2足歩行で家事をしているような印象なのだ。
それがどうにも"親心"をくすぐるらしく、日も暮れて帰ってきたりすると八百屋のおかあさんに大根をサービスされ、パン屋のおっちゃんに残り物だから気にするなとパンを放られ、近所のおばちゃんにヌカづけをお裾分けされたりする。
ちなみにアバンはお城づとめが忙しく、ヒュンケルは日雇いの仕事をして家事をこなす立派な主夫である。
朝ごはんを作り、アバンを送り出すついでにゴミを持たせ、アバンのパンツも洗い(もちろんパンツだけではないが)、お掃除をし、昼間の仕事に出かける。
よもやヒュンケルはご近所の認識が、「気迷ったクマ」などというものだとは思っていないだろう。知っていたら世を儚んだかもしれない。
ついでに言うと、アバンはしばらく「器量はいいがごつい嫁さんだね」とご近所の人に挨拶がてら声をかけられていたが、そのことはヒュンケルには教えていない。それくらいの情けはあるらしい。
アバンにしてもヒュンケルの血管が切れるのは困る。夜の行為でやつあたりに攻めたてられても困るのだ。……けっきょく保身かもしれない。
まあ、そんな大人しいクマ……もとい、ヒュンケルが、血相を変えて路地に飛び出してきた。しかも肩にはなにやらウゴウゴしている物体を乗せている。気持ち髪が黒っぽく見えるのは気のせいだろうか?

「どーしたんだい、ヒューちゃん」

近所のおばちゃんに声をかけられ、ヒュンケルは振りかえった。っていうかヒューちゃん呼ばわりかよ、ヒュー・グラントかてめえは。

「おばちゃん」

てめえも「おばちゃん」て、思いっきり見た目を裏切る馴染み方だなおい。
だがおばちゃんはそこでギクリと身体をこわばらせた。
ヒュンケルの肩に担いだ布の塊から、小さな子供がぷはっと顔を出したのである。
はだけた胸元を見る限り、服を着ている様子がない。
もともと着ていた上着はかろうじて着ていたのだが、ちっさくなったアバンは肩がづるんとむけたようになっていたし、下は着られようがなかった。もちろんゲイカップルのご家庭に普通子供服は常備されていない。
だがそんな事情を知るはずもないおばちゃんの指が、あわあわと震えながら幼児を指差す。

「ヒューちゃん、それ……」

お隣が今時流行りの(ほんとうは流行りとかではないのだが、おばちゃんの認識では)ゲイカップルであることは知っている。
だが子供なんていなかったはずだ。
おばちゃんの頭には恐い思いつきが、ワイドショー並に、いっぱい流れた。
昨今のタガのはずれたへたれ男どもの妄想の垂れ流しのせいで起きる事件の数々。
ヒュンケルはおばちゃんの指をご丁寧に視線でたどり、はた、と肩の物体と世間の認識に思い至って冷や汗をかいた。
ヒュンケルだってそれくらいはわかる。だが彼の恐れた認識は、犯罪認定よりショタ性癖認定の方だというのはいささかズレているかもしれない。

「娘だ!」

かつて弟弟子たちにたからかに「アバンは親の敵だ!」と宣言したのと同じトーンでヒュンケルは発言した。
間髪いれずにアバンの裏拳が後頭部に炸裂したが、岩をもへこませ、溶岩の高温にも耐えるヒュンケルには子供の手ではなんらダメージを与えられなかった。
逆に痛む手を押さえ涙目になったアバンの「それを言うなら息子だろう!」という非難の目を読み取ることなど、いっぱいいっぱいのヒュンケルに出来るはずもない。

「む、娘って……隠し子かい……?」

彼女の知識では男同士のカップルに子供が出来るというものはない。そしてそれが正しい。となれば娘というならヒュンケルかアバンがどこかの女性に産ませたということだろう。

「ばかな!俺は浮気などせん!俺の愛は空より高く、地の底までも深い!」
「……」

もうアバンはだらんと脱力している。それをいうなら「海より深い」ではないだろうか。「地の底まで」というのはちょっとコワイぞ、仇を追う訳じゃないんだから。だが、そんなツッコミもさすがに萎えて言葉にはできなかった。

「じゃ、じゃあその子は」
「くっ……う、産ませた!アバンに!」

言うに事欠いてそりゃないだろう、我が一番弟子よ。アバンは瞼の裏に、気の毒そうに自分を見つめる亡き親友の姿を見たような気がした。
それともやっぱり性教育をしないうちに、ミストバーンなんてひひじじいの元にやってしまったのが悪いのか。(※一部表現に"先生の嫉妬"が含まれたために適切でない部分があることをお詫びします)

「産ませたって……そう言えばアバンさんにそっくりな娘さんだけど」

ばばあ、まずは男だって気づけ!(※一部表現に"先生の怒り"が含まれたために適切でない部分があることをお詫びします)

「俺なら出来る!」

イヤ、出来ないから……。いくら君が人間離れしてたって。
というか、それくらいは出来ないでいてくれ、人として。
アバンだって子供は好きだ。しかし、今の立場を考えれば産むのはアバンの方だろう?そんな痛いのはイヤだ。シュワちゃんみたく、ヒュンケルが産んでくれんなら欲しい!ヒュンケルに似た可憐な娘と、自分に似たりりしい息子!二人欲しい!(※一部表現に"先生の現実逃避"が含まれたために適切でない部分があることをお詫びします)

「そうかい、さぞ頑張ったんだね。マリア様だって処女で子供が産めたんだからね」
「そうだ、人間気合だ!」
「…………パパ……お、お城に行くんでしょ」

納得するな!そしてヒュンケル気合で子供が出きるか!そこに直って世の不妊症に苦しむ女性に土下座せんか!
喉元まで出かかった罵倒をようよう飲みこんで、アバンは震える声でヒュンケルに調子を合わせた。
はなはだ不本意だがヒュンケルに調子を合わせた。これ以上無駄なご近所集会に花を咲かせさせることはできない。時間が経てば経つほど自分がさらし者にされるのだ。
アバンだってヒュンケルほどではないにしろ、ご近所と顔を合わせるのだから、出来るだけ人目につく前に解決したいのだ。
屋内でのバトルの末、2人に思い当たる原因が無く、魔法にしても5歳児のせいか魔法のつかえなくなったアバンにも解除できない。ヒュンケルはもとより魔法が使えない。
そこで、アバンに次ぐ魔法を使役できるレオナとアポロら三賢者のいる城へ向かうことになったのだ。

「そうだった、すまないおばちゃん急ぐので失礼する」

ヒュンケルにしても早く立ち去りたい気持ちは一緒なのだろう、再び布をアバンにほっかぶせると駆け出した。
路地の角を曲がった時点で、思いきり地面を蹴る。と屋根まで飛んだ。

「ひいいいいいいっ!!」
「す、すまん」

いつもならともかく、5歳児にその人外の動きは激しすぎる。
肩から腕に俗に言うお姫様だっこに抱えなおし、いくらか速度をおとしつつ、やはり石造りの白壁の上を跳んで城へ向かう。
それ自体とっても目立つのだが……たしかに、確かに顔までは判別できないかもしれないな。
アバンは城につくまでの我慢だ、と自分に言い聞かせて耐えた。



民家の屋根どころか、慌てたヒュンケルが城壁をまともに門から入ることをしなかったために、警備兵にまで追われながら、レオナ姫の部屋のテラスに降り立った2人はその日一番の不幸に見まわれた。

「な、なぜフローラ姫が?」
「ヒュンケル、あなたねぇ、姫君の在所に不法侵入した挨拶がソレなわけ?失礼ね。フローラさまはお招きしても、あなたを招いた覚えはなくってよ」
「……お久しぶり、ヒュンケル。あなた何を抱えているの?」

腕の中のアバンが身をすくめるのが感じられた。むしろびくついているのはアバンのほうなのだ、フローラ姫はアバン唯一の弱点と言っていい。
だってなんで恋敵であるはずの、ヒュンケルにやさしいんだ?
なじられるより恐い、被害妄想なのかもしれない、でも
『あなたは悪くなくってよ、ヒュンケル。悪いのはあの男なのだからね』
って言ってるような気がするのだ(涙目)。

「無作法申し訳ない、取り乱して見苦しいところを……、実はお力を借りたく」

「ぎゃーーー」

抵抗するアバンを、お前ホントに恋人か?というヒュンケルの容赦無い力で引き剥がされて、2人の姫君の前に押し出された。

「「……」」


「流石……先生って子供産めたんだ」
「相変わらず無駄に万能ね」

イヤ、そんなはずないから。しかも、原因は私なのか?
今にも世を儚んで砂になりそうなゲイカップルに、事件の解決は遠そうだった。  

 

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