さらば青春

嘘つきじゃない。ただ過ぎただけ


 
感じるのはけして寝心地のいいとはいえない、ちくちくと生い茂った緑の雑草。
それでも背は痛まぬやわらかさの土、いい香りという訳ではないが、草いきれといくらか強くなった日差しは嫌いではない。
ただそっとここで寝かせてくれればいい。
それ以上は望みはしないのだ。
やわらかい土を踏む音など聞こえるはずもないのに、彼がやってきたのだと判る。
いつしかするりと自分の中に入ってきた男。
人当たり良く、人脈に通じ、信頼に厚い。
そういう定評の自分に、実は友と呼べる存在は少ない。
彼の自分とは違う、素のままの陽気さがうらやましく、まぶしかった。
そんな彼の側は暖かく、自分を本当の意味で認めてくれるのだという気持ちが、ここが自分の居場所なのだと錯覚させられてときおりつらい。
そんなはずはないから。
そしてそうやって裏切るのは、たぶん自分の方なのだ。

「ま〜た、サボってんのか!騎士団主席どのは!」
「ロカ」
「ったくよ、お前がサボるたんびに、探しに行かされる俺の身にもなってみろっての。俺は猟犬かよ!」

口調の割に笑顔で、仁王立ちする友人を、寝転んだ姿勢のまま、のけぞるようにして見上げる。

「うそおっしゃい、『サボれてラッキー』くらいに思ってるくせに。次席殿」
「ば、ばっか、俺はなー、まじめに訓練してるっての!」
「俺だってそうだよ」

投げやりに答えた一言に、ロカは目をむいた。その驚いた雰囲気を感じてさらに不機嫌になって、ごろりと横を向いて目をつぶった。
普段の『アバン』らしくないぞんざいな一言。
しばらくそんな自分を見つめる視線を感じたが、フォローする気にはなれなかった。

「どうしたんだよ」
「……」
「馬鹿、言わなきゃわからないことだってあんだよ」

っていうか俺はお前と違って鈍いんだから、いってくれなきゃわかんねーよ。
そんな独り言のようなぼやきが近づいてきて、隣りで低くなった。
背中を向けた狸寝入りの横で、ロカの座った気配がした。
――― わからないままのほうがいいことだってあるんだよ。
さすがにそこまでは口に出来なかった。
焦れたのか、寝転んだままの腕を思いっきり引き上げて、ロカは視線を合わせた。

「おい、言えよ」
「いわないよ」

ばからしいくらいにかすれた声。ああ、どうしよう、泣きそうだ。
もう時間がないんだよ、それが俺はこわいんだ、ロカ。
使命とか、負わねばならないことを、重荷に思ったことなど本当にないんだ。それが当たり前のことだと思ってきた。
誰かがやらねばならないこと、そして自分は恵まれた能力がある。それは力あるものの義務だと思っているから。
でも本当は酷く孤独だって、恐いんだって。
言葉に出してしまったら、俺は俺でなくなってしまうかもしれない。そんなどうしようもないプライドで『アバン』は出来あがっているんだよ。
どうしてお前はそんなにまっすぐに、目をむけることができるのかな。

顔をそむけて遠くに飛んでいた鳶を眺めた。
あきらめたのか、腕を開放されて、肘を立てた膝にのせて明後日の方を向く俺に、気の抜けたような声がかけられた。
粗雑なようでいて、追い詰めないやさしい男。

「……鳶かお前みたいだなぁ、暢気なとこが」

最後の言葉はいくらかからかいの語調で。
それがわかっていてもそれには乗らなかった。
ただ見つづける。
まるで無視をしたアバンに気遣うような視線を一瞬ロカは投げた。それも気付いていた。
鳶を眺めるためじゃない、お前を視界に入れたくなくてあれを眺めたんだ。
お前とはまるで逆の、遠い場所を飛んでいたから。

「アバン」

今切実にお前がこの肩を抱いてくれたらとおもうよ。
この後ろから抱きしめてくれたら、それ以上は望みはしないけれど。
どうしたってありえないことだって解っているから。

「わかってるよ」

振りかえりはしないけれど、責めて、泣いてしまいそうだから。
やさしくなくていい、暴いてくれ、ののしってくれ、すこしだけ、愛してくれ。
わかっているんだ。
負わなければならないものも、立ち去らなければならない時間も、終りを告げる優しい場所も。今だけでいい。

許してくれ、弱いままの俺を。

明日にはもろともに消えうせるはずだから。  

 

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