Eat with you on the weekend
1. デートがしたい。
アバンは今日何度目かわからないため息をついた。
うららかな午後の執務室、先ほどから手もとの書類はいじくりまわされるばかりで、さっぱり進む様子がない。
先ほど処理を終えた、アバンの確認が最後という報告書の余白にいたっては、あやしげなハートマークやら矢印やらが、よくわからない相関図を描いている。
「あーあ。どうなのかなぁ」
ペンを耳にかけて口をとんがらせて唸っている様子は、これからはじまるレースを前に賭けあぐねるおっさんにしか見えない。
そして実のところ、それはほとんど実態と相違なかった。
これから始まるレースが、目下あたらしく出来たばかりの恋人とのかけひきの算段という程度の違いだ。
「あーの朴念仁とラブラブなんて無理ですよね〜、っていうかどんなラブラブ?」
三十路に来て出来た10歳年下の恋人は、普通に考えれば、男性諸氏の憧れの的だろうが、なにしろ相手はぴちぴちのむふむふには程遠い。
背の丈はほとんど変わらない (もしかしたらアバンの方かやや低いかもしれないが、そこはあの跳ね上がった髪型のせいだ、と言い聞かせている) 上に、ガタイに至ってはあっちのほうがマッチョだ。
大戦中に破邪の洞窟で即席のダイエット(?)をして以来、さっぱり運動に遠いデスクワークばかりなので、近頃は腹が出てきたんじゃないか、二の腕の筋肉がたるんじゃいないか心配になってきたところ。
一時は半身不髄にでもなるんじゃないか、という重症だったわりに、あっさり傭兵なんてやってる体力バカに叶うはずがない。
そう、アバン (33歳・元勇者。現職・パプニカ官房長官)の恋人は、10歳年下の性別・男、ヒュンケル (元々々弟子・元々悪役・元戦士。現職・日雇い労働者)なのである。
それこそ寝ションベン垂れてそうな (アバンに引き取られて後に、そそうをした覚えはない、とヒュンケルの弁あり) ちんまいガキの頃にはとても想像もつかないことだが、どういう訳か、そうゆことになった。
その成り行きは大した事でもないので、ここでは省く。
そう、過去だとか、経緯など今のアバンにとっては瑣末なことである。
目下の彼の関心は、どうやってラブい展開にもっていき、あの体力バカをコマすか、という一点にあるのだ!
「やはり搦め手ですね」
そう、ヒュンケルの筋肉には負けたとしても! (身長については認定しない) 自分にはあの若造にはない知性と美貌がある。
どうせ、ロクな恋愛遍歴などあるはずのないヒュンケルに、ちょいチラのちょいペロでメロンメロンにしてみせる!
自分好みの男に調教してくれるわ!まってろよ青二才!!
「……とりあえずどうやってデートに持ちこむかだな」
目下あの風来坊の居住拠点はベンガーナ。そこからふらふらと傭兵稼業で食いつないでいるようである。方やこちらはパプニカ。遠距離恋愛である。
デートという観念がまずあの男にあるのか、一抹の疑惑を感じつつも、どうやって誘うかアバンは再び恋の迷宮へとまよい込んでいった。
「おや、お守り……ですか?」
午後のティータイム。レオナに見せられた小さな袋を、アバンはかざすように手にとって眺めた。
小さな巾着のような袋はかわいらしい色合いで、中に何かが入っているようだった。
特別な力は感じない。どんな効果があるのかはよく判らない。
「お守りとみせかけて おまじないなんだなぁ、これが」
レオナが可憐な顔に似つかわしくない、にやけた笑いを含んだ声で答えた。
安全を祈る「おまじない」というのが、俗にいう「お守り」のはずなんだが。アバンは首を傾げる。
「最近女の子で流行ってるんですよ、意中の相手にあげるの。そのなかには薬草なんかの、お役立ちがはいっている!と見せかけて、花言葉でおまじないをかけるの。かわいいでしょ?」
「……それはまた乙女チックな」
「だから乙女なんですってば!」
おまじない……お呪い。えてして女子供のお遊びは、存外男にはどきどきものである。
うひー、今日はどこの誰が取って食われちゃうのかしら〜。などと、わざとらしく恥らうアバンに小さな籠が差し出された。
「カカリアは(秘めた恋)でしょ、かたくりは(初恋、 さびしさに耐えてます)、あと……」
「あれ魔よけのジュミの木片ですね、魔法の杖にもつかいますね。これにもあるんですか花じゃないけど花言葉?」
「さすがアバン先生お目が高い! それはね〜」
ふふふ、と笑ってそっと顔を寄せられる。
「け・つ・ご・うv」
「……は?」
「だから〜、そーゆう関係にもちこみたーい相手に、魔よけよv って渡すわけなの」
「えええーー」
そんな意味なのか?アバンはこんどこそ内心本気で恥らいつつ思うが、由来が本当かどうかはあまり重要ではないのだろう。年頃の女の子たちのなかで決められたルールにのっとっていれば、そのまじないは有効なのである。
「先生もいる?」
「はははは……」
見透かされてんのか?それともいたずらな偶然なのか。
アバンは頬をひきつりつつ、丁寧にご辞退申し上げた。
あとでちょっと調べよ、とおもいつつ。
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