Eat with you on the weekend

2. したい。


 
ここはベンガーナとある大商人の豪邸の一室。
豪邸といっても本宅ではなく、従業員宿舎といってもいい別棟。目下ヒュンケルの生活拠点である。
ヒュンケルのような傭兵を生業にするものから、旅商人、人足など、さまざまな種類の人間が逗留している。一種の宿屋だ。

ヒュンケルはひとつ大きな深呼吸をすると、窓を開けた。
建物の最上階にある一室、3階だけあってとたんに風が吹き込んだ。浅い潮のにおいの混じった風。
たった今まで習慣となっている筋トレを終えた、ぐっしょりと汗をかいた肌にここちいい。
ガラスの水入れをとると、そのまま口をつけて飲む。
今日も暑くなりそうだ。少々うんざりと日差しを眺めた。
太陽は苦手だ。強い日差しもあまり好きではない。人生の大半を穴倉生活し、成長してきたヒュンケルにはあまり光に耐性がない。
世間の女性が日焼けを気にするのとほとんど同程度に、ヒュンケルも日焼けは大敵であるという認識がある。
焼けるもんなら焼きたい。浅黒い肌に白い歯、固そうな黒髪に黒い目はヒュンケルにとってちょっとした憧れである。
 
―――― 暗黒闘気を使えば髪は黒くなるんだがな。
 
そんなことで禁断の闘気を開放されてはたまったものではない。
 
―――― あれは目が赤くなるし、だいたい肌はまんまだ。
 
だからそういう問題ではない。まあどんな犯罪も、腹の中にあるうちはセーフだ。
こんがりと黒くなるならとっくになっている。ヒュンケルの場合は文字通り焼ける。赤くはれ上がる。
ヒュンケルはあれがたまらなく嫌いだ。
戦闘でうける傷のほうが、まだマシなくらいだった。むず痒いような、触れるまで忘れるような、それでいて凶悪に睡眠を邪魔する痛みが走る。そのうち皮膚のあいだに水がたまるか、べろりとむける。
そこまで考えてヒュンケルは身震いした。
 
「水をあびるか」
 
水にも恵まれている土地で、共同の浴室が一日中使えるのはありがたかった。
ヒュンケルは薬ビンと布、石鹸を取ると部屋を出た。
 
 
 
「よーう、ヒュンケルあいかわらず鍛錬か」
 
低い声が背後からかけられるが、ヒュンケルは無視をした。
礼節とはほとんどかけ離れた世界ですごしてきたヒュンケルだったが、それが無用だとは思っていない。
ただしすべての人間に適用できるほどマメでもなければ、人間も出来ていないというだけで。
ヒュンケルは洗い終わった髪をかきあげた。雫がこめかみをつたう。
色が薄くて普段はあまり意識されないまつげが、濡れて重く影をそわせる。
軽くからだの水をぬぐいながら、持ち込んだ薬ビンへ手を伸ばすと、浅黒い太い腕がにゅっとのびてビンを奪った。
 
「ぬってやるよ、背中やりにくいだろ」
 
親切ごかした台詞を堂々と裏切る背後のにやけ顔を、ヒュンケルは横目ですかし見た。
これ以上ない凶悪なガンくれで、女子供ならひきつけを起こしそうなキツイまなざしだったが、背後の男にはまるで効果はないようだった。
年のころは40半ば。ガタイのいい浅黒い肌に太い眉、張りのある筋肉にはあちらこちらと傷痕が見える。
海兵あがりだという男はヒュンケルよりもさらに一回りは体躯がデカイ。こわもてのなかに、大きな黒い瞳が意外と愛嬌を添えている。
そしてまぶしいくったくのない笑顔に輝く白い歯。
 
「いらん。顔と腕だけで足りる」
 
生涯自分の表情筋があんな形をすることはないだろう。全開の笑顔である。そのすけべったらしい手つきを感じさせないほどに。
ヒュンケルの目はさらにすがめられ、ビンを取り返そうと伸ばした手をよけられる。
 
「なんだ、肝心の背中にぬらなきゃ意味ないだろう」
「上着で隠れる」
「おいおい」
 
軽くため息をついて、男はヒュンケルの手が届かないようビンを背後にまわした。
 
「今日は人足仕事うけてんだろ」
「それが」
 
ヒュンケルは水分を含んで、重く落ちてきた前髪をふたたびかきあげた。
戦士をほぼ廃業にしたヒュンケルだったが、完全にその筋から遠ざかったわけではない。
ぬけられなかったと言った方がいいだろうか。ヒュンケルは戦いの場以外で生きたことはなく、闘うすべしか自由になるものを持たない。
山奥にでもこもるのなら、いくらでも自給自足の術を心得てはいたが、人中に生きようとすれば先立つものが要る。
金品に還元できるものも、おのれの身一つしかなかった。
目下のところ主には商隊の護衛が多いが、単純な人足仕事も請け負う。
ここでの仕事は港周りのものが多かった。
今日受けた仕事は、大型商船の荷の積み下ろし。
 
「まさかいつもみたいにがっちり着込んでやるつもりか」
「問題ないだろう」
「熱射病になるぞ。だいたい周りから浮きまくるだろが」
「・・・・・・それは元からだ」
 
色の白い肌は浮くだろう。ヒュンケルは肩をすくめた。
 
「そうでもないぞ。だからその炎症どめをやったろ。ガタイは並みの奴より出来てんだから、カッコだけそれらしくすれば・・・・・・うーん、いいケツしてんなぁ」
 
ぺろりと撫ぜられてひじを入れる。予測していただろう、ひょいとかわされた。もっとも本気でヒュンケルがひじを打ち込めば、血反吐をまいて床をなめるのは目に見えている。
 
「触るな」
「せっかく秘伝の日焼け薬やったのに〜」
 
ヒュンケルの場合は成長環境もあいまって極度だが、日焼けは体質だ。
じっさい過度の日焼けに至る人間は存外いて、それは海に働く船乗りなども例外でない。
そういった体質の者には、あらかじめぬっておけば過度の炎症予防になり、徐々に日焼けしていく薬が愛用されていた。
そのうちに、だんだんと使わなくても良い程度には日焼けしてくるのだ。
以前ヒュンケルのひぶくれた背をここで見かけ、薬を進呈したのがこの男だった。
それ以来この浴室や、館内でかちあうとちょっかいをかけてくる。
 
「おい」
「あばれなーい」
 
ヒュンケルの三白眼ギロ目をものともせずに、両のてのひらに薬をたらすと、白い背中に這わせた。
 
「おまえさんが本気で暴れたら俺死んじゃうから」
 
ずるい言い様で子供をなだめる大人のそれに、ヒュンケルはため息をついて、手をかべについた。
背後で鼻歌をうたいながら、大きく固い節だったてのひらが背中から腕を往復する。
筋肉の隆起をていねいにたどり、ぬりこめていく。
気配がより近づいたと思うと、肩から首筋をたどり、あごを持ち上げるように撫で上げられた。
 
「・・・・・・朝帰りじゃないのか」
「予定が遅れてな、未明の入港だったのよ。いろっぽいことなかったなぁ」
「休んだらどうだ」
 
耳元でささやかれて、背中にかたい筋肉を感じる。抱き込まれる腕をよけるようにヒュンケルは首を振った。
 
「いやぁ、ひとっ風呂あびてそのつもりだったんだけどな〜」
 
もはや関係のない部分まで撫でる手をはらいつつ、どうするかな、とヒュンケルは考え始めた。どの程度の打撃なら後遺症なくしずめられるだろうか。
 
「そういえば、最近女が出来たろ。特定の」
 
ぴくりと意識をとられた瞬間に竿をつかまれた。威嚇の唸りがのどを鳴らす。
――― 次に手を放した瞬間叩き込む。手加減は無しだ。
 
「こえー、放したら瞬殺って顔だな」
 
まあ、まあ、まあ。といいつつ、男はもう片方の手で尻を鷲づかむ。
 
「んー、いい尻」
「なんでそう思った」
「何が」
「特定の女」
「ああ!で、どんな具合よ。どんなのが趣味なの」
「貴様」
「あーっ、でででっつ、や、優しくしてぇ〜」
「質問に答えろ」
 
さして長くもない気がぷっちりいったヒュンケルは、速攻で後ろ手に男のものを手づかみに引っ張る。へんな形に体をよじりつつも、手のものを放そうとせず、報復にも出る様子のない男になかばあきれてヒュンケルは手から力を抜いた。
 
「いかれてるな」
「愛でしょ、愛」
 
どうしてこんな胡散臭い男が、あんな屈託ない笑顔を浮かべられるのか。
ヒュンケルは軽い不振に陥った。
 
「まぁ、それは冗談として。入れないから、な?」
「・・・・・・・・・・・・そっちを向くから放せ」
 
そんなこといって殴らないでね。と、妙にかわいらしい声音をつくって首をかしげる男に苦笑する。
男に他意が無いことはもう知れている。単なるちょっとしたお気に入りで自慰の延長。気楽なものだ。
特定の女・・・・・・それがいないことはヒュンケル自身が良く知っている。だが最近特定の男・・・・・・アバンとの関係ができたばかりだ。とはいえ関係といっても、殴り合いの延長線にあるようなさえない口づけがあったくらいだが。
ヒュンケルにとっては、気持ちを自覚した瞬間からいつでもつっこむ用意はあるのだが、なにしろ相手はアバンである。しくじって手痛い目にあうのはためらわれる。殴られるくらいなら問題ないが、あの男の真骨頂は老獪さにある。精神的苦痛はどうにも慣れない。(慣れる気もないが)
 
「ん〜そこそこ」
 
先まで手をついていた壁に背中をあずけて、膝のあいだに互いの膝をいれこんで、相手のものを両手で握りこみすりあげた。
 
「なぜわかった」
「・・・・・・時々むやみにいろっぽい顔するようになったしなぁ。いつだったか、ずいぶん切羽詰った顔で戻ったことあっただろう。仕事でなにかあったかと思ったけど、そうでもないらしい。その後はえらく上機嫌だった日もあって、めったにないからな。覚えてた」
 
くびれをざらついた固い指先ですられると息が上がった。うつむいて熱い息をのがすと、また長い前髪が落ちかかってきたが、ヒュンケルはそのままに手の動きをとめずに男を追い込む。
がっちりとした体格を裏切らない、太く重い竿をひきずるように上下にしごき、剥き出た先の割れ目をくじる。裏筋をもう片手の指先でたどると、男は快感のうめきを漏らす。
 
「よく見てるな」
「美人は好きだからな。・・・・・・それにしても、気をつけろよ。あんまり色っぽいとへんなのが寄ってくるぞ」
「お前みたいな」
「そ、おじさんみたいな。って俺かよ。んあ、いい・・・・・・でどんなのよ、相手は」
「・・・・・・年増の、美人、頭がいい・・・・・・意地が悪い」
「く、くっ、いい趣味してんなぁ。今想像してるか」
「ああ」
 
乾いた唇を舐めると、さらにぬれた感触が追うように唇を這う。
なし崩しに舌をからませ貪り合う。やはり思い出すのは、アバンとの口付けで、アバンからは感じることのない男の煙草の味が苦くかんじられる。
 
「見たいなぁ」
「駄目だ、減る」
 
男は息を詰めるように笑いながらヒュンケルの腹にぶちまけた。
ヒュンケルもぬめる男の熱ごとこねられて、まもなく熱を解放した。


 

 

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