懐 園
9、騎士団
「とんだおてんば王女!何て言ったと思う、モンスターの害を聞いて偵察だって」
両手をひろげて参ったと肩をすくめるアバンを、古い魔王は微笑ましく見つめた。
一国の王女が、辺境の森に単身偵察なんて、自覚が無さ過ぎる。
あきれたような仕種をするアバンの頬はかすかに上気していて、目は喜びと不安に輝いて揺れる。
美しい運命との出会いの喜び、その過酷な道のりの不安、そして分かれへの愛惜。
「お前に会いに来たのだ。話しは受けたのだろう」
「……うん」
――― あなたの力が必要です。
少女は目を輝かせて、アバンに訴えた。
「今は辺境のモンスターだけですが、このところの活性化を考えると、これだけにとどまるとは思えません。一部の報告には、組織的な動きをするものまであります。
モンスターを束ねるものが現れたのかもしれないのです」
「あ、あの、ここでは危険です。お話があるなら屋敷で……」
「刻一刻、事態は進行しています。今はひとりでも多くの力が必要なのです」
「ひ、姫様……」
「アバン、カール騎士団に来て下さい。私が推挙します」
「……わかりましたから、姫」
「いいましたね」
男に二言はありませんよね。そういってまるで聞いていないようだったフローラ姫は、にこりと笑った。
アバンは深くため息をつく。
「ええ、申し上げました。……ただし条件があります」
「条件」
「はい、姫様の推挙ではなく、どなたかの紹介という形で、準騎士へ編入してください」
できるだけ目立たないように。アバンは念をおした。
「それはた易いことですが、何故」
「私には足りないものが沢山あります。それを得るためです」
「……判りました。あなたの希望通りにします」
「ありがとうございます。王女」
頷くフローラに、にっこりと微笑むとアバンは優雅に貴族式の礼をした。
「それでは城にお送りいたします。ご用はジュニアール家に。臣下にお申しつけ頂ければわかります。祖父は王室顧問学者を務めておりますので」
「知っています」
では失礼いたします、とアバンは軽々とフローラを抱え上げた。
体つきもおなじほどと思っていた、華奢な印象のアバンに苦もなく抱えられて、フローラは驚いてアバンの顔を見た。
すると視線があって、ばちりとウインクをよこされて、またフローラは驚く。
仮にも王女である自分を、こんなに気安く扱う人間など、いままで出会ったことがなかった。無礼者、と声をあげてもいいはずなのに、まるで不快には感じなかった。
「それでは」
ふたりの体は、つぎの瞬間ルーラの放つ光に包まれた。
「俺にはやがて来る魔王と闘う仲間が必要なのですよね」
「そうだな」
緩やかな時が巡る、中庭に繋がれた異空間。
アバンはそよぐ風はどこから吹いてくるのだろう、とふと思いながら、魔族を見上げる。
鍾乳洞の結石のような、古木のような荘厳さをどこかに感じさせる、その出で立ちと、硬質な輝きのコ銀の髪がアバンの目にうつった。
一振りの剣を杖のように地に突きたて、両手をうやうやしく柄に乗せている。
遠い昔に魔王を呼ばれたその姿を、容易に思い起こさせた。
「騎士団にいると良いのですが」
「可能性は高いだろう。カール各地から、武芸に秀でた者、精神力に富んだ者が集められているはずだ」
「国を護って戦おうとする者たち」
「そうだ。だがカールにとどまらない。ことは人間界全体の問題だ。今はまだ封印の基点であるカール王国で顕著だが、やがて事態は世界に広まるだろう」
「……」
目を伏せるアバンの頭を、魔族はそっと撫でた。
「今日明日の話しではない。私はもうしばらく持つだろうし、たとえ私がいなくなっても、結界すぐには消えることはない」
もともとふたつの世界を結ぶ力はそれほど強くは無い。
双子星のように、ふたつの世界はつかづ離れず重なり連なっている。
「意図をもってこじ開けようという者の力が相応になければ」
アバンが抱きつくと、受けとめられる。
「それでもいつかは魔王が現れる。でも、そんなことはいいんだよっ」
ぐりぐりと胸元に頭を押し当てた。
「こんな風に会えなくなるじゃない!」
「……ははは、はは」
「笑い事じゃないよ!」
「ははははは」
「ヒュンケルッ!」
いつか現れて世界を脅かす魔王よりも、いつ何時会えなくなる元魔王のほうが、よほどアバンには恐ろしい。
なんの自覚もないわけではない。それでもそう思える。
その子供のような天真爛漫さが魔族にはうれしかった。
祖父のような博識と判断力の卓越と、父の持っていた思いやり、それらを受け継ぎふたりには乏しかった、したたかさと柔軟さが、アバンの救いになる時がくる。
それだけアバンに与えられた使命は重く険しい。
「何時でも帰っておいで。老人ばかりが待つ屋敷だが」
「帰った時にちゃんと出迎えなかったら許さない」
「はははははは」
獅子王アドヴァーンから繋がる長い血族の、やがて来るべきこの時のために、彼らの思いを受けて生まれたのかもしれない。
感傷的な希望だ。とても若い頃ならば思いつかない発想だった。
だがそれも悪くはあるまい。古い魔王は嘲った。
「……アバン。以上本日より東塔第二師団」
王城の広場に今年入団した騎士の見習いが集められ、それぞれの配属を読み上げられる。
カール騎士団は世界でも有数の騎士団の規模を誇る。
古来モンスターの出現する土地が多かったこともあるが、多くの国々と国交を結び、多くの物資人材を受け入れ、また輩出していた。
安全確保のために警備力として発展していたのである。
その歴史は長く、周囲の国々からの信頼も厚い。
古式ゆかしい騎士団ではあったが、そういった性質もあり生まれに関係なく、広く人材を登用することでも優れた騎士団だった。
アバンのように、地方から試験を受けて入団するものも多い。
フローラはすぐにジュニアール家にアバン入団の要請を遣した。
ちょうど新年度の準騎士入団の時期に当たっていたのだ。
とはいえ、すでに登用試験は終わっている。
採用者は各地から来ている。アバンが試験に参加しなかったことを気づくものはそういないだろう。
新たな環境と状況を見極め、仲間を探したいアバンにとって、無用に目立つことは避けたかった。
自分でいうのもなんだが、修行の割にごつごつ筋肉のついた体ではない。おまけに着痩せする性質なので、ちょっとやそっとで注目を浴びることもないだろう。
アバンはずり落ちた、慣れないダテ眼鏡を押し上げてなおす。
ややばらつきのある新米騎士の中でも、何名かは際立って鍛えられた体つきで、その挙動が注目されていた。
――― 目立たないように、目立たないように。
アバンは内心でつぶやきながら、言い渡された第二師団の上長の元に向かおうとした。
「なあお前、試験にはいなかっただろ」
良く通る声だった。本人が思う以上に声が張っていて、今のアバンの心境からいえば、怒鳴りつけられたのと大差はなかった。
各々割り当てられた隊へ向かおうとした、周りの準騎士たちの足が止まる。
「……なにか」
アバンはしぶしぶ振りかえった。
よく日に焼けた肌に太い眉、短く刈られた明るい色の髪は固く天を向いている。精悍な容姿のなかで、丸い目がどこか愛嬌があった。
誤魔化そうかとも思ったアバンだったが、その目を見て諦める。よく見えていそうな意志の強い目だった。
「だから、登用試験の時いなかっただろ」
「……ええ、学術と医術で推薦をうけました」
「ああ?騎士団なのに?」
「いろいろな能力を登用していると伺いました」
推薦を受けて入団する者もいる。闘技場で実績を持つものや、武芸の大会で入賞するなど、周囲にもそれと判るもので名も知れている。
まして騎士団を志すものに、そのたぐいの誤魔化しは利かない。
少々苦しいが、騎士団に軍医がいないわけではない。
普通は僧侶や医師から転職するものだが、これで押すしかないだろう。
「ふーん」
案の定納得したような、しないような曖昧な表情で頷いている。
「ま、とりあえずよろしくな。同じ第二師団になったロカだ」
「どうも、アバンです」
「並ぼうぜ」
ややぎこちない笑顔で、少年のあとに続きながらアバンは内心でため息をついた。
背中に視線がつきささるような気がして、足取りが重い。
――― いや、まぁ、王女じきじきの推薦というよりは目立ってない。きっと。たぶん。
のちに無二の親友と自他ともに見とめる二人の、第一印象はけして良好とはいいがたかった。
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