THANATOS
9
まただ。もう呼ぶな。
ヒュンケルは『声』に応えた。聞こえる声ではない。何時のころからか聞こえ始めた呼ぶ『声』。
思いをたぐると、ずっと昔にも聞こえたことがある気もしたし、単なるデジャヴュというやつかもしれず、あるいはそれは幼い頃の自分を呼ぶミストバーンの記憶だったか、と思いなおしたりもした。
しかしながら、最近聞こえるようになった『声』は、もはや幻聴で済ませることはできないほど強く、これでも無視できるのかというような痛みまで伴った。
何かをヒュンケルに訴えている。
それはヒュンケル自身解かっている事だった。だが、ひどくそれを拒絶する自分がいる。
恐ろしいのだ。
かつて持ったことの無い種類の恐怖がそこにあった。喪失の恐れ。
養父バルトスを喪って以来、ヒュンケルは何も持ちえず、持たないことを力にしてきた。
それがどんなに未熟な力かは十分解かっていた。喪いたくないから持たない、なんて子どももいいところだ。それでもあの喪失の傷を克服することはヒュンケルには出来なかった。そしてあらゆる存在をしのぐ鋭利さをヒュンケルは持ちえた。
それは極限に研ぎ澄まされた刃。しかし研ぐというこは、身を削ることでもある。鋭く、脆い。
幼いといってもいい弟弟子たちの手を借り、おのれを認めてから、ずいぶんと守るものが増えてしまった。重荷には違いないが、それが今は嬉しくもある。刃としてのおのれは砕かれてしまったが、それでも生きる意欲を持たせてくれたのもその絆だった。
なにより。ヒュンケルは今も昔も、あつかましくも思考の多くを占める男を思い浮かべた。
呼ぶ声には応えられない。
しかし、もはやその猶予がないことも感じずにはおれなかった。
理由はわからない。呼ぶ声が何者であるかも、ヒュンケルである理由も。
今や闘うことすら出来ないこの体に何の用があるというのか。
「なぜ呼ぶ?」
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