THANATOS

8


 
少し時間はさかのぼる。
 
アバンは私塾のある町からほど近い、カールの城下町……そのカール王城内にある学舎の書庫にいた。
カールは騎士団を常駐で抱えており、その規模はリンガイアに次ぐ規模だ。
だがリンガイアと異なるのは、銃器の使用ではなく、剣と魔法による伝統的な師団による構成となっている点だ。
そのためカールの王室書庫の充実は類をみない。その内容は、一般の民が閲覧できるもの、騎士団に入隊したもの、師団長以上でないと許可されないもの、そして王室関係者のみに限定されるものと分けられている。
 
「久しぶりに顔をだしたと思ったら、書庫にこもりっきりって。何があったの」
「・・・フローラ様」
 
アバンは固まった体をのばしてため息をついた。振り返ると、明かりを手にしたフローラが立っている。
いつの間にか、手元に使っていたランプの油が少なくなって、灯りが細くなっているのに気づかなかった。あたりが薄暗くなっている。
フローラ自ら灯りの替えを持ってきてくれたらしい。
 
「いやー、見始めるとハマっちゃって」
「相変わらずね。でももう遅いわ、部屋を用意させたから休んだら」
「いえ、塾もあるし戻らないと。すいませんね。突然に」
「突然なのは今に始まったことじゃないでしょう」
 
フローラは灯りを置くと、6人がけの大きな机を占領している本を眺めながら周りをめぐる。
広げられた皮紙に目をとめると立ち止まった。
 
「これを調べているの」
「ええ、何かの呪文ではないかと思っているんですが・・・」
「見たことのない文字だわ」
 
整えられたほっそりとした指先が、皮紙の上に描かれた文字をなぞる。
アバンが深いため息が、フローラの感想がアバンにも当てはまったのだと知らせる。
 
「驚いた。あなたが解からないの」
「いくら耳年増な私にだって、解からないことはまだまだありますよ」
「全然わからないの?」
「いえ、どこかで似たような文字を見たことがある気がするんですが・・・」
「思い出せないの」
「うーん、逆に思い出せないってことは、この辺りじゃないかなっていうアテはあるんですが」
 
アバンは皮紙を取り上げて、灯りにかざして眺めた。
皮紙にはヒュンケルの背中にあらわれた文字と文様が、そのままの配置と比率で写しとってある。
ヒュンケルに現れた文様は不定期だったようだが、ここしばらく間隔が狭まっているということだった。
はじめはおそらく背中の中央辺りに現れたと思われるが、それが今や右側の尻あたりまで達している。
アバンからみれば深刻極まりない状況にもかかわらず、どうもヒュンケルは乗り気ではない。
ぼやくヒュンケルに、図書室でヌードショーをやりたいんなら、あなたを連れて行って調べますけど、となかば強引に書き写して来たものだ。
ついでに連行の必要がないので、逃亡させないように、呪文で家に閉じ込めてきた。
数日は食料もあったはずだが、また痛みとともに文様が増えないとも限らない。
アバンは未明前には一度戻るつもりだった。
 
「これはいったいどこで?何が起きているの」
「いえ、個人的なことでして。お騒がせして申し訳ないんですが」
「ヒュンケルなの?」
「・・・・・・・」
 
フローラに、ヒュンケルとの関係を打ち明けたことはないが、どういう訳か彼女は察しているらしかった。いっそバラしてしまいたい、という気持ちは、しかしながらフローラに対しては消極的になる。
罪悪感というものが自分にもまだ残っていたらしい。アバンは嘆息した。
正直なところ、この話題が出るのが億劫で城下町を避けていたことも一理ある。
 
「往生際が悪いわね、いいかげん認めて楽になったら」
「・・・・・・え、えと・・・」
「まぁ、認めたところで、男同士なんてだっい反対だけど」
「・・・・・・」
「今なら戻ってきたら大目に見てあげるわよ〜」
 
どこら辺から、どこら辺までが冗談なのかわからない。
わからないがわかることがある。彼女はアバン同様がっつりSだということを。
そもそもそこにムリがあると思うんだ。アバンは微妙に視線をそらしながら内心でごちた。
絶対戻ったりしたら、Mに造り変えられるに違いない。ブルブル。
 
「え、遠慮しておきまス」

 

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