THANATOS
7
結局、ポップやマアムの期待にこたえられないことに詫びるメルルを、逆に励ましてふたりはメルルの見送りをうけて去った。
とりあえず、なんの情報も得られないこともあって、いったん彼らの住まいに戻り、レオナのところに行ってみるつもりだ、と言う。
メルルはふたりの後姿が見えなくなっても、しばらくその場に立ちつくして見送っていた。
「私もポップさんやマアムさんに、話してあげて欲しいって思います」
メルルは振り返ると、背後に歩み寄ったふたりに訴えた。
「ほんとにちょっと見ない間にも、どんどんいい男になっていきますねぇ。ポップ君は。……ずいぶん私を買いかぶってくれているのも相変わらずのようですが」
「嫌な役をさせた。すまない」
「……そんなこと、……いいんです私のことは」
トレードマークのダテ眼鏡も、髪も巻き上げていないさらりとした長い髪のアバンと、こちらはいつもよりも短く整えられた銀髪が精悍なヒュンケルがそこにいた。
さすがに目立つのでね、と言うアバンはずいぶんと印象が違う。誰も彼が大勇者と呼ばれた男だとは思わないだろう。
「これはダイのためじゃない。俺自身の都合だからな」
「ヒュンケルさんだって仲間じゃないですか。ポップさんだって、マアムさんだって、ヒュンケルさんのこと大切に思っています」
「だからですよ、わかっているから甘えてるんです。まだあの子たちの『保護者』でいさせて欲しいんですよ」
「俺はとっくにお役御免だと言っている」
「またまたぁ」
「保護者ヅラしたいのはあんただろ」
「そうですよ〜、何か悪い?」
ヒュンケルはね〜、格好つけのやせ我慢が好きなんですから、いいんですよ〜、ほっといて!
メルルに耳打ちするようなしぐさで、思いっきり当人に聞こえるように話すアバンのようすを眺めながら、ヒュンケルはため息をついた。
「俺はやせ我慢でもいいとして、そもそもあんたが……」
「当たり前でしょ!ヒュンケル、あなたに任せておいたら、ぜったいそこらで野垂れ死にですよ。自分のこととなるとほったらかしなんだから!」
「またポップが泣くぞ。酷い師匠だな」
「あなたが野垂れ死にしたって泣きますよ。酷い兄弟子だこと」
強い風が吹いて、マントがひるがえる。流したままのアバンの長い髪が舞った。
思いついたように、こほん、とひとつ咳払いをして、アバンはメルルに向き合った。
「メルルさん。ありがとう」
眼鏡ごしでないアバンの目は、普段の柔和な印象よりもはるかに、強い堅固な意志を感じた。
「私たちを信じて、たいせつな秘密を話してくれてありがとう。それから、あなたの能力を過小に見せるような、嘘をつかせてごめんなさい」
「俺たちはもう行く。……すまないが、これからもポップたちの力になってやってくれ」
どうやら俺たちのほうは長引きそうだからな。
薄く口元に笑みを刷いたヒュンケルは、逆に、いつもの鋭利な雰囲気よりも温かく感じる。
「つらくなったら、あいつらに俺たちのことを話してしまってかまわない」
「そうですね、今はともかく、いつか力を借りることもあるかも知れませんからね」
短い時間だったが、尋ねてきたアバンとヒュンケルを見ていて、思ったよりもずっと支えあっているのを感じていた。
アバンは口をひらけば、軽口ばかりで、ヒュンケルはぽつぽつとそれに返事を返しているくらいだったが、お互いに楽しんでいるように見える。
この年長の師弟の過去を、話しに聞いたときには感じた隔たりが、まるで違うのだと感じられた。少なくとも、長い年月にわたって横たわっていたわだかまりは無いように見える。
メルルにはわからないが、ポップたちともまた違う、彼らには彼らなりの絆があるのだろうと思う。
それを信じようと思ったのだ。
尋ねてきたヒュンケルとアバンを見たときに、自分が垣間見た未来を変える力が、そこにはあるかもしれない。
「きっとお二人で帰ってきてください」
安易に語ることはできない。それでも望まない未来であるなら、変える何かを贈りたい。
「お二人でいることに、きっと意味があります。けしてあきらめないで、手を離さないで。お二人で帰ってきてください」
視えたものをそのまま伝えることは難しかった。メルルにとっても理解しがたい光景が一瞬過ぎ去っていった。
そのなかでも判ることがあった。
現実の世界で尋ねてきた二人。そのまま同じ状況が再現され、自分に向き合っていたのは一人だった。
そしてその背後に広がる昏い世界。
こうやってアバンとヒュンケルを見送るのが、自分ひとりであることが、メルルには不安だった。自分の判断はまちがっていなかったろうか。
このひとたちの意思を無視しても、ポップさんとマアムさんに打ち明けていれば、あのふたりなら、もっと違う何かを得られたのではないだろうか。
後悔に似た思いが胸をしめつける。
「だいじょーぶですよ。絶対この馬鹿弟子を二度も手放したりしませんから。おしりをひっぱたいてでも、連れて帰ります」
信じようと決めたのだ。
だから心安く旅立てるように見送ろう。今はこれが精一杯のできることだから。
「はい」
去りゆくふたりの記憶に残ったのは、微笑む少女の表情だった。
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