THANATOS
6
「ポップさん、マアムさん」
目的地に近づくと、メルルに手を振って出迎えられる。
手をにぎりあって再会を喜ぶ女性ふたりの横で、ポップは毎回少々尻のかゆい思いをするはめになる。
自分をはさんで奇妙な三角関係をかもしていたはずなんだが。マアムといっしょに暮らし始めた今にいたっても、いやむしろその後のほうが、このふたり、仲がよさげなのはどうゆうこと?
……先生、俺はまだまだ修行が足りません。
はたして彼の師であっても、その手の事情に手だれているかははなはだ疑問なところだったが、それでもポップの心にはいくばくかの精神安定効果がある。なむなむ、と祈っている横で、きゃぴきゃぴと女性陣ははしゃいでいる。
「ちょうどケーキが焼けたところなんですよ」
「わぁ、素敵。メルルのおいしいんだもの」
「マアムさんだって、料理はお上手じゃないですか」
「うーん、でもお菓子はあんまり得意じゃなくって」
たいへん優れた力の持ち主である占い師のメルルは、ふたりの訪問がたいてい察せられるらしい。……よく待ち伏せされている。
そんなことにもだいぶ慣れてしまった。もう五年だ。
当然、最初からダイの行方を占ってもらうことも試していた。
ごめんなさい。
メルルの占いにさえ、ダイの行方に関する手がかりは得られなかった。初めのうちは意気消沈する彼女を見ることがつらい時もあった。
それでもやっぱりいっしょに頑張りたい、と言ったのはマアムだった。
もし自分なら、何度でも挑戦するだろうし、きっとそれはメルルも同じはずだ、と。つらい結果がでているとき、分かち合えた方がきっといい。
仲間だから。
それから五年。かんばしい成果はあげられないが、それでも希望を失わずにやってこれたのは、きっとこうして互いに会っているからだ。ポップもそう思っている。
およばれにあずかり、たっぷりフレッシュクリームの添えられたケーキをほおばりながら、聞いた言葉にポップは思わず固まった。
「具体的なものじゃないんですけど」
メルルの説明によると、これまでダイのことを占おうとしても、ただ『眠り』を暗示する結果しか現れなかった。
けれど、最近は『目覚め』と『眠り』とが同時にあらわれるというのだ。
「それって、寝て、起きて、食って、って意味?」
「そんなわけ無いでしょ。まぁ健康的でそれはそれでもいいけれど」
「もしかして、『眠り』を暗示していると解釈していたのは、ダイさん自身の状態ではなくて、ダイさんの置かれている状況だったのかもしれません。どちらにしても、何か変化はあったはずです。それに」
気になるのが、『混沌』をあらわすカード。
「水晶に視れればもっとこの意味も分かるんですが」
メルルに読み解けないなら、ポップとマアムにもわかるはずもない。
「今回はさ、別のこともちょっと占って欲しいんだ」
「私たち今はヒュンケルを探しているの」
「ヒュンケルさん……ですか」
あーのバカ、どこにいるんだか。ちっともパプニカにも顔ださねぇし。
愚痴るポップのとなりで、マアムはメルルになぜヒュンケルを探すことになったのかを説明した。
「……魔界ですか」
「そうなの。可能性はあるとおもうの。魔界ならば、メルルが見通すことが出来ない理由も説明がつくと思うし」
「こんだけ探してんだぜ。いいかげん手がかりくらいあってもいいと思うんだよな。けどさっぱりだ。……俺は探す価値ありだとおもう」
怪奇現象とか、へんなウワサがたったって聞いたら、マアムと世界中を飛び回ってダイの手がかりがないかたしかめたけど。空振りばっか。俺だってヒマじゃねぇの!なんか空振りのとこで、やたらまるっと事件解決!とかやらされるし。
ぶうぶうと口をとがらせて不満を言うポップのとなりでは、マアムが笑っている。本気ではないと解かっているからだ。
「でもみんな喜んでたし、いいじゃない」
「……まぁな」
ダイの手がかりとは違うが、そんな奇妙な事件簿の中に、魔界の出入り口らしい場所が原因であったものがあったのだ。
もう閉じられたもので、開けることももちろん出来ないし、何かが漏れているということも無かったが、ふたりに改めて『魔界』という世界を意識させた。
別の可能性を探してみるべきだろう、という意見がふたりで一致して、いろいろ調べていくうちに。
「ヒュンケルがなーんか知ってそうなんだわ」
そういや、あいつ魔王軍ぐらしが長かったしな。どっか今でも通じている入り口のひとつやふたつ、知ってそうじゃん?
そんでさ、いざとなったら、見計らったみてぇに姿が見えねぇし。そういやラーハルトもずっと見てねぇ。
ずずずっと温かいお茶をすすりながら、ポップがぼやく。
「ラーハルトはあんまり人のいる街なんかは出たがらないから、会うことがなくてもあまり気にしていなかったの。ヒュンケルも、アバン先生のところには時々顔を出していたみたいだし」
アバンはカールの城下町からほど近いちいさな町で、私塾のようなものを開いて子供たちに手習いを教えていた。
ちょくちょく仲間たちが立ち寄っては、宿屋がわりにしていたこともあって、ヒュンケルとかちあうことはなかったが、アバンから聞く話のせいで長いこと会っていないという意識が薄かった。
「そうなんだ。それで安心しちまってた、ってのもあんだ。ところが」
「アバン先生、私塾をお休みしているの」
驚いたように目を見開くメルルに、ポップが仰々しくうなずいて見せた。
どうも半年ほど前にポップとマアムが訪ねた直後に、私塾を出ていたらしい。
数日前に訪ねたら、見知らぬ人が出てきてポップとマアムは慌てたのだ。
「何があったんですか?」
「詳しくは分からないんだけど、きちんと代わりの先生を探して留守をお願いしているし、仲間が訪ねてきたときのために伝言もしてあったの」
突然ですが、おのれの至らなさをかえりみるに
修行の旅に出ることにしました。
旅先のあんびりーばぼーな再会なんてあるかも。
楽しみ〜!
「ま、らしいっちゃ、らしいわ」
「そ、そうなんですか?」
メルルにとっては『大勇者様』というイメージがほとんどだが、ポップやマアムがお茶のお供に話してくれる、数々のエピソードを思うとなるほどとも思える。
「だったらアバン様の行方も?」
「それが」
「ヒュンケルと一緒かもしれねぇ。……気にいらねぇ」
むーんと口を曲げて唸るポップの横で、マアムが苦笑している。
「男のやきもちはかっこ悪いわよ」
「な、ちげーよ! 姫さんみたいなこと言うなって」
「やきもち?」
違うってば! こぶしを握って否定するポップを笑いながら、マアムが訂正する。
「ごめん、ごめん。冗談よ。その留守居の先生から聞いた話しでは、引継ぎやら、塾の手伝いをして、一緒に発ったのがヒュンケルみたいなの。でもこれってちょっと気になるの」
「どうしてですか」
「うーん、たとえばさ、『アバン先生と俺たち』、『ヒュンケルと俺たち』ってことはあっても、『アバン先生とヒュンケル』ってナイわけよ」
「それじゃ説明になってないじゃない。もう」
クリームついてるわよ、口の横。指摘されて、ポップがあわてて口をぬぐった。
「……アバン先生が戦線から離れていたとき、みんな死んでしまったと思っていたときね、ヒュンケルは代わりになっていてくれたの。身代わりって言うのとは違うけど、その役割みたいなところでね。私たちの重石みたいな。不動の存在、っていうのかな」
それで、アバン先生が復帰したときにね。
----- 本当の父親が帰ってきた今、不慣れな長兄役はもう終わりだ。
「そうゆうとこがいけ好かねぇっての!」
「そうなのね。私はけっこう感動したのに。……レオナはなんかウケてたけど。『我慢してたのね〜』って」
「そこかよ」
「つまりね、上手く言えないんだけど、戦いが終わってもアバン先生もヒュンケルも、それぞれのカタチで私たちをバックアップしてくれてた。
そんな保護者がふたりして、子供を置いて家を出ちゃった、みたいな感じっていうのが近いのかも」
「『保護すべき子供』か。そうなんだよな、先生たちにとっちゃ」
「ポップ」
判ってる。別に馬鹿にされてる、なんて思ってないよ。
ポップはため息をついた。
「もしかして、ラーハルトは。……先生とヒュンケルも、魔界にいってるんじゃねぇかな。俺たちに危ない目にあわせないために」
先ほどのすねた様子とは違って静かなもの言いに、メルルは驚いてポップを見つめた。
「俺たちが思いつくようなことなんてさ、先生にはお見通しだって、さすがにわかるよ。俺たちが言い出すより前から、もう手をまわしてるくらいはしてるさ。……けどよ、俺たちにだって話して欲しいって思うのは、俺のワガママかなぁ」
ホントはさ。ポップはマアムやメルルから視線をはずすと、壁の木目を数えるようにつぶやいた。
ホントは俺怒ってるんだ。先生が死んだと思って、どんなに苦しかったかわかってんのかよ、ってさ。笑ってんじゃねえよって、言ってやりたかった。
「けど、言えねぇよなぁ。ズリィよあんなの」
どうしようもない、なんだかどうにもならないものがあふれて、全部もみくちゃにさらっていってしまった。
「……そうね。親が、『何歳になっても子供は子供』っていうのと近いのかもしれないけど。いつまでたっても追いつけないって、……くやしい」
「ヒュンケルもよぅ。なおさらだぜ。俺たちって戦友ってヤツじゃねえの?」
「わたしたち、先生たちが思うよりずっとタフなのにね」
「……ホント、世話のやける保護者だぜ」
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