『しづこころなく』


ほろほろと、桜の花びらが舞い落ちている。
中心地からほんの少しだけ離れたところにある、桜の名所。
毎年開かれる、課のお花見。


そろそろ宴もお開きになろうかという頃を見透かしたかのように携帯が鳴った。 普段の着信音とは違うそれに、ぴくりと心が反応してしまう。
水色のレジャーシートから立ち上がり、座から離れるためにパンプスを履く。
離れたほうがいいような気がしたのだ。何となく。
電話の相手は、声を聞かなくてもわかってるから。

「もしもし?笹倉?」
充分に離れきったところで、通話ボタンを押した。
「あー・・・吉岡サン?よく俺だってわかったねぇ・・・」
電話の向こうの声は、一気に半世紀くらい年取った!ってくらい、かれてしまっている。

指定着信音だもん。
それに笹倉の声なら、どんなに枯れてたってわかるよ。

・・・って素直に言いたいのに、私の口から出てくるのはそれとは裏腹な、全然かわいくない言葉。


「春爛漫だっていうのに、そんな辛気臭い声出してるのは笹倉くらいなもんだからね」
「うわ、キッツイなぁ」
げほ、と咳き込みながらも苦笑する様子が伝わってくる。
まったく。
風邪ひどいなら、大人しく寝てなさいって。

「で?どうしたの?幹事として花見の様子が気になった?」
そう。
笹倉は今年の花見の幹事役だったのだ。
日程の調整から料理、お酒の調達、前日の場所取りまで。
一人で全部引き受けて、しかも楽しそうにお得意の自作鼻歌まで歌いながら幹事役をこなしていたのに。 今朝になって、ダウンしてしまったらしい。
「夜中に場所取りに行ったのがまずかった」というメールを受信したのは、出勤途中の電車の中だった。

「だってなぁ」
反論する声は相変わらず枯れている。
正直、すごくキツそうだ。
会話を早く終わらせて電話を切ったほうがいい、それはわかってる。
でももう少しだけ話していたくて。

「だって、何よ」
「俺、すげー張り切ってたのにさぁ」
「それは課の全員がわかってるってば」
「・・・課のみんなに認められても嬉しくない」
「何一人で拗ねてんの」
くすくすと笑うと、38度以上熱があるらしい笹倉の声が一気にトーンダウンした。 トーンダウンしても、もともと枯れてるんだけど。


「今年の花見って、いつもと違うやろ?」
「うん」
「俺んちに近いって知っちょった?」
「知ってたよ」
「何で俺んちの近くにしたか、想像つかん?」
「・・・帰るのが楽だから?」
「ちっっっがーう!!」
笹倉の声があまりにも大きくて、思わず携帯を耳元から離してしまった。
風邪引いてるのに、結構元気なんじゃない。
「もう、何大きな声出してんの?」
半分呆れながら言うと、電話の向こうは途端に静かになる。
ちょっとキツい言い方だったかな?なんて心配してしまう。

「だってなぁ」
笹倉が、何か言い訳をするように口を開いた。
「酔った吉岡サン見たかったしさぁ」
「・・・見なくていいです、そんなもの」
「酔った吉岡サン介抱したりしてさぁ」
「心配しなくても、そこまでお酒弱くないから」
「介抱ついでに、ウチに呼んじゃったりして」
「・・・・・・・・・・」
「部屋まで片付けたっちいうになぁ。そーで、もうアナタ、 エロ本エロビデオ全部押し入れの奥で? 俺の部屋来たらあまりのキレイさに驚くで?さだまさしもビックリで?」
「何でさだまさしなの?」
「100番100番っちゅーCMしらんの?」
逆に聞き返されてしまった。
あの、例のモップとか貸し出ししてくれる会社ですか??

「あー・・・もういい。俺、もう眠る」
一つ咳をして、諦めたように笹倉が言う。
布団の中にいるのだろう、ごそ、と布がこすれる音がした。
「じゃー、吉岡サンは桜の下で宴をココロゆくまで楽しんじゃってくださいね。 俺は一人寂しく寝ますから。から揚げの夢を見ながら寝ますから」
から揚げって。
風邪引いてるのに、よく油物食べようって気になるよね。
口元が思わずゆるんでしまう。
「苦笑」って言葉がぴったりくるような。
携帯電話の向こうのパジャマ姿の男が、カワイく思えてしょうがない。
ほろほろと、桜の花びらがいつまでも落ちてくるように、私の笑いも止まらなくなってしまった。
「・・・おいコラっ、吉岡っ。何笑いよんの、さっきから!笑うなー!笑うんじゃねぇっ」
子供みたいに騒ぐ笹倉が、愛しい。とてつもなく。
満開の桜みたいに、ふわふわと柔らかくて優しい気持ち。



きっと、私も病気なんだ。
草津の湯でも治せない。

恋の病。


桜の枝、すこーしだけ、貰って行こう。
さだまさしもびっくりっていう、笹倉の部屋に飾ってあげよう。
から揚げとりんごジュースも買っていこう。


「ね、笹倉の家の近くに、コンビニある?」



うー・・・ん。思ってたのとちょっと違う(汗)
会話ばっかし。うむむむむ。ごめんなさい。桜と全然関係ない感じですね(><)
この話の舞台になったとこはコチラからドゾ!。
この話『ぶつぶつ』『くちびる』の続編です。
読んでやってくださるとウレシイ。

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