Eat with you on the weekend
5. Hot
「熱いの?」
「よくわかったな」
ぬれた唇を離してアバンがたずねる、逆さに覆いかぶさるヒュンケルが軽く肩をすくめた。
音も無くアバンの執務室に不法侵入してきたヒュンケルは、めずらしくシャツを着ただけのラフな姿だった。
身だしなみに気をつかうような男ではない。
数日同じ服を着たところで、たいして苦にならないことをアバンは知っていた。
配慮の無い男ではないから清潔を心がけている。周囲の人間の大半や、ことアバンは清潔なことを好むことを知っているからだ。だから本当は清潔以上にもっと着るものに意識を払うべきだ、という主張をアバンは黙っていた。お互い様ということだ。
代わり映えのしない、(おそらく持っていても2枚くらいしかないと確信している)上着をいつも着込んでいるのは、その印象以上に戦闘で鍛えられた体を隠すためだ。
美しいといってもいい顔立ちと、肌色の白さに反して、ヒュンケルの身体は実用的に磨かれている。
着やせする部類だろう。
アバンもその性質だったが、当然というべきか、同じように鍛錬されているはずだが筋肉のつき方が違う。
アバンは腕を伸ばすと、ヒュンケルのシャツを捲り上げるようにその腹にてのひらを這わせた。
引き寄せられるようにまた唇がふってくる。
逆さのやり取りにじれて、ソファから起き上がろうとすると、やんわりと肩を押し戻された。
あごの下の柔らかい部分から首筋を、ヒュンケルの予想以上にかさついた固い掌がなでる。そうしてアバンと向かい合う場所に寄るとその脇に膝をついた。肩肘をついて首を起こすアバンをわずかに上目で見る高さが新鮮に感じる。
かつては……再会する以前の記憶は常にアバンはヒュンケルを見下ろしていたのにもかかわらず、同等かやや高い位置にある今の視線に、まるで違和感を感じない自分を不意にいぶかしんだ。
いったいいつの間に。
手の甲でヒュンケルの頬をなぜると、きつい眦がゆるむ。
「洗濯に出したあとだった」
どうやら2枚くらい、というのも買いかぶりだったらしい。
ため息をついたアバンの肩を押して、ふたたびソファに沈めながらヒュンケルが乗り上げてきた。
「私に熱くなってる、くらい言えないんですか」
「言えるさ」
だが言うより実行だろう?と体を寄せてくるヒュンケルを、膝を立ててその腹についたてて阻む。
「あなたはもう少し行動する前に説明すべきです」
動きをとめたヒュンケルが瞬いた。銀色のために目元を強調しないが、近づくと長いまつげが瞳にかかって、ひどく性的ないろを感じる。
「セックスがしたい。あんたと」
目が大きいというより瞳が大きいのだな、と青い陰をもつ銀色のまつげにふちどられたアバンの目を見た。蜜色の瞳と反した色合いがひどく扇情的じゃないか、と思う。
長く上向きのそのまつげを食んでみたいとヒュンケルは目を細めた。
「……あなたには、いろいろ言いたいけれど、我慢していることがあります」
「だろうな」
知らない人間ではない。ひと時を寝食をともにした男だ。古い話だが、それほど本質は変わったとは思えない。
どんなことに声をあげたいかも、だいたい察せられる気がヒュンケルはした。だが肩をわずかにすくめるだけにする。アバンはそんなヒュンケルを見てまたため息をついた。
ロマンチストというのだろうか。違うだろうな。
実際は合理的現実主義なわりに、セオリーどおりの手順を好むこの男も十分に天邪鬼だとヒュンケルは思う。
さほどそんな歯の浮くような台詞や何かを求めている訳でもないのに、言われて見たい、とありありと顔に書いてある。
好奇心の表面に知的満足をコーティングすると、さぞかしアバンにそっくりの生物が出来上がるにちがいない。
「欲しい。あんたの中にいれて欲しい」
「肉体に?精神に?」
「どちらにも」
「ふぅん」
ばさりと音がしそうなまつげをまたたいて、アバンが思案げに声をもらす。
「それって連動するもの?」
「いいや……男を抱いたことは?」
ヒュンケルのためらいのない返事がいくらか意外だったらしい。逆に質問を返されて、話題を替えられるとアバンは少し不満げな表情をみせた。
「……いいえ」
「抱かれたことは?」
「ありません」
「俺を抱きたいのか?」
続く問いかけに恨めしげな視線をよこしたアバンだったが、ようやくムード満点な初夜を諦めたらしく盛大に息を吐くと、障害物として突き出していた方膝を伸ばした。
「ええ」
肯定の言葉に、ヒュンケルは片方の眉を上げた。
聞いておいて意外だった、というのが正直なところだったが、本能的には自然だろう。経験がないなら、どちら向きともわかりようがない。しかしこんなかわいげのない、自分より体格のある男をよくも、と感心する。それがいくらか表情に表れたらしい。
「あなたこそ。でも、まあ、そうですね、逆も興味はあります」
「だったら譲ってくれ」
「今回は?」
「……終わってから考えてみればいい」
「私を喜ばせる自信があるわけですね。さぞかし経験豊富なんでしょうね」
アバンが顔をそむけて、目だけを流し見る。ヒュンケルは高く弧をえがいた眉に口付けた。
「抱くのは初めてだが受身はあるな。連動するとは限らない」
一瞬眉をひそめて、不意に先ほどの問いかけに対する答えでもあると気づいたアバンが、はっとしたように向き直る。言うつもりもないことだが、アバンが必要とするなら隠すつもりもない。このことに関しては。
乞う心などなくとも抱かれることもある。もちろん、相手にも肉体以上の意味などありはしない。暴力の延長線だった。
「昔の話だ」
「……なおさら悪いですよ」
頬を撫でられて、少し浮かせた頭に手を差し入れて手伝うと口付けられた。ついばむように口付け、唇をはまれる。
「連動するのは私が初めて?」
「ああ」
「私も男は初めてです」
「喜ぶべきか」
「もちろん」
唇の隙間、呼吸のあいだにかわした応酬はずいぶんと甘いものだった。
「おいで、入れてあげる」
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