Eat with you on the weekend

10. Twittering lovers.


 
『おさわり厳禁』

真っ白になったアバンの頭に、そんな標語がうかんで流れていった。踊り子じゃないぞ、と心でつっこみつつ、ちがう、そうじゃない、と頭を振った。

「ぶっそうだなぁ」
「本気だ」
「その年上の美人に?」

乱入してきた男はヒュンケルの返事をまぜっかえした。本気だ、というのは「触れば殺す」にかかっているはずだ。やっぱりおさわり厳禁、アバンはまたしても空転しそうな意思を引き戻した。

「本気だ」

アバンの努力はあっさりとヒュンケルの一言で叩き落された。とうとうアバンは口をあけたまま、無理やり振り返って自分をだきとめている男を見た。
そうして見なければよかったと後悔した。
この愚直な弟子が、誰かに対する言葉に冗談などいったことがあったろうか。そんなことは判りきったことだった。
それでもこんなに余裕のない表情を、こんな場所で見たくはなかった。いや、知らない誰かになど見せたくはなかった。ベッドの中だけでいい。
余裕のない表情は、普段のヒュンケルを見ているものならば、よくも悪しくも引きつけられないはずがない。感情の乏しい、しかし削り磨かれた核心だけが無防備に晒される。

「まいったね」

息をのむようにつぶやいた見知らぬ男は、がりがり音がしそうに後頭部をかいた。それからふいに、アバンに視線をやると悪かったな、と謝って、立ち去った。

このまんまいたらシャレにならないことをしそうだ。

立ち去る際にそうこぼして、にやりと笑う目は年相応の冷静なもので、アバンはぞっとした。
出しっぱなしだった2人を濡らすシャワーに、重くはりつくヒュンケルのざんばらな髪を拭うようにかきあげる。
うつむき加減の硬質な銀色のまつげに、しずくがしたたる様がひどくうつくしかった。そのせいか、余計にその下に現れる瞳が、熱くて恐ろしいもののように感じられる。
そっとアバンはヒュンケルの唇をはんだ。
拭った腕をそのまま後頭部へまわして固定し、気持ち顔を上向けて、その薄くひらいた口内を探る。熱くぬめる舌を探り当てる頃には、つい幾時間か前までの記憶が、それを別のものに連想させた。
丁寧に愛撫する。飲み込めない唾液が、シャワーの流れに混じって伝った。
アバンの好きに任せていた口付けの間に、ヒュンケルが腰にまわしていた腕を強く引き寄せる。乗り上げるように引かれて、下にもぐりこんで密着した性器は固くなっていた。不安定な姿勢で、ヒュンケルの首にかける腕に力をこめて支えると、タイミングをはかったように、背後の壁に背中を押し付けられた。
喘ぐように、愛撫とシャワーで疎かになった呼吸をとりもどす。やっと離れたお互いの口から、荒れた息がもれる。
シャワーの真下に変わったせいで、ヒュンケルは相変わらす濡れていたが、アバンは直接かからない。
鼻先につたう水を舐めると、ヒュンケルはうめいて、アバンの性器の下に窮屈そうに押し付けられているものが圧を増した。

「誰にも触らせない」

囁かれる声に、とうとう笑いだした。

「触らせないで」

アバンは笑いながら答える。ひどく滑稽だと思う、こんなものが嬉しいなんて、お互いどうにかしているのは間違いない。
酷く熱く感じられる顔を、こんどはヒュンケルに舐められる。目元に口付けられ、そっとすわれて、熱く感じているのが涙のせいだと気づいた。
あまりの駄目っぷりに、肩にまわしていた片方の腕を引き戻して目をぬぐう。

「どうやら、何かが壊れてしまったようですよ。まったくいい年をして」
「きれいだ」

目を細めるヒュンケルを嫌そうに眺め、ふと、思いついて恐る恐るアバンはたずねた。

「まさかピンク色になったりしてませんよね、私の『気』」
「白いままだが、……なんと言っていいかわからない。朝露におおわれたみたいに」

きれいだ、と続けられるのが容易に察せられて、あわててアバンはさえぎった。むしろヒュンケルが語彙にとぼしいことに、初めて感謝した。

「まさか、さっきから……」
「炎の破片みたいにまたたいている時もある」

深くため息をつくようにうなづいて、ヒュンケルは唇を寄せた。

煌く白いほのおが、薄く覆う男の体はけして女のように細くも滑らかでもなかった。それでも例えようもなくヒュンケルの胸を焦がした。普通の人間は見ることが出来ないというこの光景に、初めて感謝した。アバンの体を覆うそれはけしてヒュンケルを焼きはしないのに、初めてその体と心をほどいてから見せ付けられる色に、いくらでも見ていたいと思う。
簡単に欲情する。こんなのは初めてだとヒュンケルは苦しく思った。
剣だこに固くなった掌を、出来うるかぎりやさしくアバンの性器にからめる。そっと摺りたてると、びくりと反応を返してくる。
口付けを放して、そのまぶたに隠された蜜色の瞳が再びあらわれるのをまつ。
震えるようにまぶたがゆっくりあがって、焦がれる色に自分のやけにせっぱつまった顔がうつっているようでヒュンケルは苦笑した。

「……入れたいんですね」
「ああ」

結局自分はこの年上の男にあまえているのだ。ヒュンケルは返答とともにそれを認めた。
性器を煽る逆の腕をおろして、アバンの後ろを探った。ヒュンケルの脚をまたぐように開かされているそこは、簡単にそれをゆるした。同時にこわばる背中が、そりあがってヒュンケルに伝わる。指先に触れる場所は熱をもって少しふくらんでいるようだった。そのはずだった、数時間前に初めてしかも数回にわたって、一生分くらい酷使されたのだ。かなり気を使い、潤滑剤かつ回復も兼ねた傷薬もつかったが、いくらかの違和感はぬぐえまい。

「大丈夫」

躊躇したのがつたわったのだろう、耳元でささやかれる。ひどく甘い声だ。どこにこんな性的な声をこの師は隠していたのだろう。

「そのまま隠していてくれ」
「なにを」

さすがのヒュンケルも、あんたの性的魅力を、とは言いづらかった。触れさせない、とは言えるのにおかしなものだ。
ヒュンケルは返事をせずに、押し付けていた下肢を離すと、アバンの体を返した。
背後から手を取るとそのまま壁に押し付ける。もう片方の腕で腰を引き背中にくちづけると、バランスを崩したアバンがあわてて両手を壁について上半身を支えた。

「そう、そのままで」

壁に押し付けていた手を外して、アバンの性器への刺激を再開した。びくびくと反応する背中のあちこちに口付け、跳ね返る水滴をなめとった。ペニスを摺りあげ、叢をかきわけるようにして根元のふくらみまでを揉みこむ。息遣いが短くくりかえされながら、あいまに詰まるように止まる。固くそだてると、そろりと這う口付けを下ろしていく。
軽い打つような水音に、閉じていた目を開いたアバンは、広げられた自分の足のあいだにヒュンケルの膝を見つけてあわてた。

「ちょ、っまさか、あ」

ヒュンケルは逃れようとする腰を前に回していた手で防ぐと、もう片方の親指で尻たぶをつかみ開いた。そのままその奥を舐める。ひっきりなしに、静止しようとする声とともに、どうにか片手でバランスをとったらしい、アバンの手が髪をつかむのを感じた。のけようとあがく動きに比例するように、思い切り舌に力をこめてその奥を犯した。悲鳴といってもいい声が、力ない喘ぎにかわるまで、押し込め動かす。ぐちゅぐちゅと音をたてて、その収縮を味わうと、親指をおしこんで様子を確かめた。
やっと尻を開放されると、アバンは力尽きたように膝をついた。
くにゃりとした腕を引いて、向かい合わせるように、ふたたび膝の上に抱える。口付けようとすると抵抗された。

「……ど、どこ、舐めたっバカな口で……っ、バカっ、言うなよっ」

しゃっくりあげるように文にならない抗議をきいて、ああ、とヒュンケルはうなずいた。アバンをかかえたまま、降り注ぐ水に口をあけると舌を受け止めるように突き出した。その光景はまるで、直接見えなかった自分が施されていた行為を見せ付けられるようで、アバンは息をのんだ。
水を含むと、くちゅくちゅと口を漱ぎ脇に吐き出す。もう一度同じ要領で含んで吐き出す。

「これでいいか?」
「変態っ」

今度は抵抗を無視して口をふさいだ。
ヒュンケルはそのまま腕で抱え上げると、片脚を肩にかけた。腕力に不足はない。そのまま奥を両手で分け開くと立ちっぱなしだった、自分のペニスを深く沈めていった。

 

 

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