暴れん坊JOJO

2. 彼の娘


 
1時間も経たないうちに承太郎さんが戻ってきた。

早すぎるんじゃないか、どんな話を奥さんとしたんだろう、そんなことがぐるぐると頭を回ったけど、言葉は出てこない。
承太郎さんは、ソファに座ったまま動かない俺をチラッと見て、康一に話しかけた。
そのまま入れ違いで康一が出て行く。
康一は頼りになるヤツだ。こんなふうに混乱している俺の傍にいてほしい、って気持ちと、これからみっともなくわめき散らすかもしれない自分を見られたくない、っていうどこかほっとした気持ちが入り混じって、やっぱり無言で見送るしかできなかった。
あいつは俺を心配して一緒にいてくれたってのに。

「承太郎さん。俺と別れてください」

康一が出て行くと、塞き止めていた言葉か転がり出た。
あんまりに思いがつまりすぎて、最後のほうが震えちまっていたんじゃないかって、そんな自分にイラついた。

「言うと思ったぜ。別れるつもりはねぇな。……どうして俺が娘の話をしなかったかわかるか」
「確信犯かよっ」
「当然だろう。おまえは俺に子供がいると知ったら、本心を言わなかったろう」
「……」
「本心で望んでいるのに。無かったことにするだろう」
「……言わなきゃ、……無かったことじゃねぇ。無いんだ」
「お前の気持ちはどうなるんだ」
「どうにもならないっすね!……どうにもしたくねぇよ、あんたの娘から父親を奪ってまで叶えたい望みなんか、俺には無いんだ。……ほんとうに、そんなの、望んでなんかいねぇのに」
「仗助」
「ひでぇよ。承太郎さん、こんなの」

どういえばいいのか分からなかった。俺のバカみてぇな望みなんて、あんたの娘さんを犠牲にしてどうこうするもんじゃないんだ。本当にそう思ってる。
それなら、打ち明けられないまんま、5年前、あの船を見送ったときのまんまでよかったのに。
ほんとうによかったのに。

「俺の望みはどうなる」

いつのまにか俺のすぐ前にたっていた承太郎さんを見上げた。
見上げて後悔した。すごく強い光が承太郎さんの目にはあった。1ミリだって引きさがらねぇって目だ。なんの後悔もないって、曇りのない意思が。
いつもと変わりなくそこにあるのに、寂しさと、でも心のすみっこで喜びがあって、俺は自分を恥じた。俺との関係を望んでいるといってくれる、承太郎さんが嬉しい。
でもそんなの許されるはずがねぇ。

「5年前って……、杜王に来てた頃っすか」
「そうだ。お前が誤解するかもしれねぇが、ここに来たことが俺にとっても、俺の妻だったあいつにとっても転機だった」
「俺たちを助けるために、奥さんの傍にいてやれなかったんスか」

それ以上承太郎さんの目を見ていられなくて、俺はうつむいて顔を覆った。視界が閉じると、そこにはおふくろとガキのころの俺がいて、打ちのめされた。

「そうじゃない。それよりずっと前からだ。ほとんど最初ッからって言っていい。わざと帰らなかったし、あいつを連れて仕事をすることもなかった」
「……どうして」

そういえば、俺が以前フィールドワークの船に乗せてもらったときに、奥さんは乗らないんですか、って聞いたら、乗せたことがないって言っていて不思議に思ったことがあった。
そのときは他の学者チームなんかと共同で、そっちの船には奥さんがスタッフってのをよく見た。
仕事柄、世界中の海の上で過ごすことが多いから、自然公私ともに奥さんがパートナーをつとめるって人が多いって聞いてもいた。

「俺が昔、DIOを倒したことは話したな。DIOは世界中に手下を飼っていた。中にはDIO自身知らないつながりもあっただろう。この杜王町ですら、関係があったくらいだしな」
「危険に巻き込まないようにするために、わざと離れたんスね」
「そうだ。だが……」
「ちゃんと説明しなかったでしょ。承太郎さん、そうゆうとこウカツだよな」
「何と説明するんだ。スタンドは見えないんだぜ」
「そのまんまですよ。お互い大切に思ってるんだ、ちゃんと話せば通じたはずっスよ、だって承太郎さんが惚れた人でしょ」
「……かもな」

俺はやっと顔を上げて、座ったままの俺の目の前にあった承太郎さんの右手を握った。
泣きたいんだか、笑いたいんだかよくわからないものが、こみ上げてきてこらえるのが大変だった。

「だったらちゃんと話すんです。これから、ちゃんと」
「ああ、だからこうして話してるんだぜ」
「俺じゃなくて!」
「俺が杜王町にいる間に娘が生まれた。その時すでに、あいつには別の男が傍にいた」
「え?」
「娘は俺の娘だ。それは間違いがない、だが、あいつに必要だったのは『側にいる夫』だ。俺にはなれなかった」
「そんな……」
「産んでくれたことには感謝している。俺が『父親』になるなんてな、想像してなかったぜ」

苦笑する承太郎さんを見上げる俺の頬に、握っていない方のてのひらが降ってきた。

「だったら、だったらなおさら!まだ愛してんじゃないんですか?お互いに、本心を伝えられたら」
「仗助、それって敵に塩を送るってヤツじゃねぇか。そんなに俺にヨリを戻させたいのか」
「戻させたいですよ!!あんたの本当の望みが、あんたの、……ああ、クソっ俺どうすればいいんだよ、承太郎さん」
「あるのは『感謝』だ。本心から思う。側にいてもいいか、と思えた女だった。だから一緒になった。だが側にはいられないと判ったときに後悔した。なにがなんでも、どんな手段をもっても側に置こうとしない自分にな」
「それは、大事に思っているから」
「お前とこうなるまえは、自分でもそう思おうとしていた。だがな、もう解かっちまったんだ。あいつも俺も、似たようなことを望んでいた。望む相手を間違えていた」

膝をついた承太郎さんの視線がまっすぐに俺と重なった。ぼやけようとする視界をごまかそうにも、そえられた手が邪魔でそらせもしない。
握った手の力を緩めたら、痛いくらいに握り捕らえられた。

「再婚した相手とドバイに移住するそうだ。仗助、お前はどうしてぇんだ。俺をこの家に残して出て行くつもりか」
「……いいん、す、か……、オレ、俺が望んでも?……承太郎さんのコト欲しがっても?」
「俺の『本当の望み』とやらをかなえたいんだろう」
「はい……はい……」
「だったら離れてちゃぁ話がはじまらねぇぜ」

最後の承太郎さんの言葉は、直接唇につたわってきて、俺の視界はとうとうあふれだしたもので何も見えなくなった。
 

 

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