暴れん坊JOJO
4. ラグタイム
生まれた娘――徐倫と名づけた――は妻が引き取った。当然の流れだ。
杜王町から戻り、生まれた徐倫との対面を果たしたときに、妻に浮気を告白された。まるで予定していたように。
怒るべきだったろう、妻もそれを望んでいたからこその告白だった。とんだ茶番劇だ。
そうして結局俺は怒ることもできなかった。
仗助の言うとおり、俺たちは話し合うべきだった。そのチャンスは何度もあったのだろう。
妻が事実を受け入れてともに歩むか、納得して別居を選ぶか、あるいは俺を狂人と判断して別れるか。どちらにしても、あんな風に苦しませる必要はなかった。
しかし俺はそのどれも選ぶことなく、以前と変わらず、アメリカの大学に籍を置き、最小限の講座を持ち、それ以外の時間のほとんどを海ですごしている。
変わったのは、現実と同等に書類上でも「妻」が「元妻」となったということだ。
離婚の際のとりきめとして、養育費の支払い義務とともに、半年に1度娘との面会が許可された。
こんな状況になって、この上娘に会う必要はない。むしろ俺の娘だと周りから……本人も知らない方がいいのだ。そう思ったが、俺自身呆れたことに、俺はその面会の権利を行使した。
あの通話から俺と仗助の位置は少しばかり変わった。
仗助からのメールは頻度を上げて、2、3日に1度はやりとりをするようになり、日常の一部となった。
内容はたわいないものだったが、どれも仗助自身の感想がかかれている。時折メールではなく通話になった。
俺のことを酷く聞きたがる。解かっていながら何度もワザとはぐらかして答えずにいると、声でわかるくらいにすねる。本人はさりげなく聞いているつもりだから、まっこうから質問はできないのだ。かわいいもんだ。
「どうした、仗助。何拗ねてんだ」
「すね……!何イっ、言ってんすか!拗ねてなんかないっす!!」
ワタワタとあわてる様子が、容易に想像できてとうとう俺は笑い出した。
「承太郎さん!!ひでぇ!!俺で遊んでんだろ!!」
「何でお前が遊ばれてるってぇことになるんだ?」
「!……う、ぅ」
仗助、誰を相手にしてるつもりなんだ?
関係が途切れることを恐れ、離れていても気になって仕方がない、ちょっとした言葉で普段めったに泣くことも無いお前が、泣いて声が伝えられねぇ。そんな相手に。
それでも俺に向かう意識に、名前をつけることを、手を伸ばすことを迷うお前が、俺に敵うわけがねぇだろう。
「離婚したんだよ。バツイチってやつだな。あんまり海にかまけていて捨てられたんだ」
仗助、大人ってのはずるいもんだって相場が決まってんだぜ。「捨てられた」なんて言葉を元妻が聞いたら、慰謝料を請求されそうだ。捨てたのはお前だろうってな。
「そんな……、おれだったら」
思わず、といった呟きがかすかに回線を伝わり、ふいに途切れた。音にならない仗助の混乱が伝わってくるようだった。「俺だったら」だって?仗助。何を言ってくれるつもりだったんだ?
あわてて言い訳をつくろって通話を切った仗助に、俺は遠慮なく笑った。
やれやれ、俺は気が長い方じゃない。その俺が、ずいぶんと待つ覚悟をしたんだぜ。少しばかりつっつくくらいはご愛嬌ってもんだろ。なぁ、仗助。
次に会えるまで、ちゃんと考えておくんだぜ。
そうして俺は子供のことについては仗助に知らせなかった。
ジジイとはたまに電話のやりとりがあるようだが、あれで意外と気を回すジジイが、がっちりプライベートに絡む俺の妻子について口に出さないことは判っていた。
仗助と再会したのは、仗助が東京の専門学校に進路を決めて、その準備のために東京を訪れてからだった。杜王町の港で別れて、2年ほど経っていた。
東京に出る予定があるんです。そうメールが来て、俺も実家に帰る予定を立てた。帰郷は久し振りだったこともあって、長めに取った。
「え!けっこう余裕あるんスか?じゃ、じゃあ、上京してる間に待ち合わせて会えますか?」
おいおい、誰のために時期をあわせて帰ると思ってんだ。
ため息を我慢して、「かまわねぇ」と伝えると、あからさまに仗助はテンションを上げた。
「じゃあ!じゃあ!この日!大丈夫っすか、はい、俺も1日あれば用済ませられると思うんで。……え、ちゃ、ちゃんとしますよ!適当って、自分の進路っスよ。ちゃんと前日にやりますって」
そうして仗助の上京当日。つまり約束の日の前日。
東京駅ってわけでもねぇ、都会のど真ん中、放射状にやたら何本も伸びている横断歩道の上で、仗助はぽかんとマヌケ面を俺に向けていた。
「何呆けてんだ仗助。信号が変わるぜ」
スタンド使いは引き寄せあう、か。それをこんな風にありがてぇと思ったのは初めてかもしれねぇな。
ここにきたのは偶然だった。お前の今日の予定を俺は知らないしな。
それともご褒美ってやつかな。柄にもなく2年も待った健気な俺に。
結局その夜、仗助は予定していたビジネスホテルをキャンセルした。
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