暴れん坊JOJO

5. 俺のかたち


 
承太郎さんのキスはとても気持ちイイ。

すごくストイックそうなイメージがあるけど、キメるときはキメんだろうなぁ。すっごくモテんだろうなぁ。って、昔っから思ってはいた。
けっこう俺も女の子たちから声をかけられるけど、俺の場合はそっから先ってのがあんま無いんだ。康一にも意外だって言われるけど。
初めて、承太郎さんとキスしたときも、あんまり上手くって (まぁ、比較対象があんまりないんで、はっきり言えねぇけど上手いと思う) 素直に気持ちよくって、「やっぱ承太郎さんて上手いんだ」って予想が当たったのがおかしくて笑っちゃったんだよな。……おかげでひでぇ目にあったけど。

承太郎さんの手を離さなきゃって、いつだって、俺が承太郎さんのマイナスになるんならソッコーこの手を離すって決意して、そうして選び取ったはずだったのに。
いつの間にかソファに倒されて、のしかかられるみたいな体勢でキスされていた。息があがって、あいまにいくら呼吸しても、体にめぐらないくらいに自分がコントロールできなくなる。
やっと開放されて、カッコ悪く荒い呼吸をくりかえして、ぼんやり承太郎さんを見上げる俺の頬を、大きな手でぬぐわれる。
そうだ、泣いちまったんだっけ。ホントかっこわりぃ。
涙なんてサイアクだ。別れをぐずる女みてぇに、こんなもので気を引きたくなんかないんだ。何で出てくんだよ!
承太郎さんはやさしい。
たぶん本人は鼻で笑うだろうけど、この人には本当のやさしさがある。人に「優しい人」とか、そんなことを思われるためじゃないから、必ずしもそうは映らないだけだ。
きっと承太郎さんには、このどうしようもない、渇望するような欲望を見透かされてる。
本当は承太郎さんを奥さんと子供のところに返すべきなんだ、って解かってる。
いくら承太郎さんが『過去』だって言っても、きっと奥さんは今でも承太郎さんを愛してる。訴え方を間違えたんだ。そうじゃなきゃ、わざわざ浮気の告白なんかしねぇよ。そして、娘さんとのことは『過去』なんかになりえない。
俺は「奥さん」にも「子供」にもなれねぇ。血の繋がった「叔父」さんなんだぜ。笑っちゃうよな。干支がひとめぐりしちまう年上の「甥」に夢中な男。変態だぜ、間違いなく。

5年前、承太郎さんが杜王町に滞在したのは3ヶ月ほどだ。そのたった3ヶ月の間に俺は変わっちまった。
最初はかっこいいな、って思ったくらいだった。こんな風になりてぇな、そんな理想っつうか、あこがれ?、そう憧れってやつだ。
同じような能力を持つ人を初めて知った。スタンドって呼ばれるもの。
誰にも見えなかった、おれ自身に「名前」をつけてくれた人。『クレイジー・ダイアモンド』だって。「"クレイジー"ってなんだよ」って思いながら、ほんとはチコっと……嘘だ、かなり嬉しかった。
考えてみたら、あのときに何だか俺は決めちまってたのかもしれねぇ。
この人だ、って。
馬鹿だよなぁ。ホント、馬鹿。
俺はいつだって、手に入らないものが「本当に欲しいもの」なんだ。それは俺の欲しい度数に比例して、口にすら出来ないものになる。言葉にしたら誰かが悲しむから。
「父親」とか、「お袋の本当の幸福」とか、「死んだじいちゃん」とか……「承太郎さん」とか。
未練がましく港で承太郎さんに「お別れ」が言えなかった。
それから教えてもらったメルアドにメールしたりして。
親類なんだから、それくらいは普通じゃね?これくらいは望んだってかまわねぇよな。そう自分に言い訳しながら。
どうして俺はこんなに承太郎さんを望むんだろう、っていつも苦しかった。それは今でも変わって無いけど。当時はもっと訳がわからなかった。
まるで片想いみたいだ、ってやっと思いついたときには、笑っちまったなぁ。
望んでどうなる?どうしたい?手に入れられるはずもないけれど、自分の気持ちにふんぎりをつけたくて、俺なりに考えた。
恋人?うぉー、マジかよ。そうなったとして、いや、ならねぇけど!仮に!仮にだよ。そんでどうなるワケ?
ホモってこったよな。そっちは予習外だよなぁ、どうすんだろ。セックス……すんのかな、どうやって?って、あの承太郎さんを俺がコマすの?無理!無理って!瞬殺!!
逆って……承太郎さんもてるよな、男なんか相手にするはずねぇし。そもそも俺を抱く承太郎さんなんて、いくら「仮」っつったって想像できねぇもん。
何より。世間に顔向けできねぇようなことを、誇りをもてねぇようなことを承太郎さんがするはず無いんだ。
こんな風に、承太郎さん、という存在に出会えたことが奇跡なんだ。俺は本当に痛み出した胸に手をあてて、その日だけは泣いた。気づいたとたん失恋しちまったんだ、それくらいは許されるよな。お袋もこんなんだったんだろうな、って思ったら切なかった。
そん時にぜったい承太郎さんの "マイナス" にだけはならないって、決心したんだ。渇望する心は消せなくても、大事に大事に覆い隠せばいいんだ。俺の一番奥に。
それなのにあの人は、たった一言で暴いてしまうんだ。

" お前は今何を思っている "

そうして承太郎さんはたやすく俺の中に隠しておいたものに「名前」をつけてしまった。
どうしてそれが恥なんだ?って、俺の誇りの何を損なうっていうんだ?ってあきれたみたいに笑って、俺を抱きしめてしまった。

「愛情ってのは尊いもんだぜ、知っているだろう仗助」

お前の力そのものじゃねぇか。字面だけ追ったら陳腐な言葉のはずなのに、承太郎さんから聞いた言葉に涙が出そうになった。
あの人は大人で、俺の子供みたいな渇望を見透かしちまう。俺の中の求めてはいけない愛情を、誇りをもっていいんだと肯定してしまう。

俺は涙をぬぐってくれる承太郎さんの手に、自分のてのひらを重ねた。目を伏せて、顔をずらすと、その承太郎さんのてのひらにキスをした。

「承太郎さん、今晩はホテルの奥さんと娘さんのところに行ってください。ちゃんと話合って欲しいんです」
「仗助、まだ俺を信じられねぇか」

俺は目を開けて、承太郎さんの目を見上げた。「そうじゃない」
承太郎さん、あんたを信じられなかったことなんて、一度もないよ。信じられなかったことがあったとしたら、それは俺自身のことだ。これは決して言葉にはしないけど、承太郎さんが俺を許してくれたときに、もういっこ決意したんだ。「マイナスにはならない」ってのと他に。
誇り高くあれ、って。あんたが求めてくれるかぎり、誰に咎められても頭を垂れたりしねぇ。あんたの許しにふさわしい男でありたいんだ。

「どんな結果になっても、あんたのぜんぶを受け止めてみせますから。だからひとかけらも悔いを残さないで欲しいんです」

承太郎さんの目がすこし細まって、それから口の端だけで笑った。

「言うじゃねえか」
「俺も男っスよ、二言はねぇよ」
「ほぉ、じゃあいい子でまってな、仗助。お前の言うとおりにしてやるから、帰ったら俺の気がすむまで、俺を受け止めろよ」
「わかって…ま……。なんか、……承太郎さん、気のすむまでってどういう意味……っすか」

承太郎さんはにやりと笑うだけで、返事をしてくれなかった。……まさか。
固まる俺をおいて、承太郎さんが体をおこすと「ちゃんとベッドで寝てろよ」といい置いて出て行った。
他意は……ねえよな?今晩は帰らないから、ちゃんと寝とけってコトだよな。俺はぎくしゃくと起き上がった。承太郎さん、むしろ怖くって寝れねぇスよ……。


それから1時間も経たないうちに、鳴り出した電話に驚いてとびついた。
案の定承太郎さんからだったけど、その不機嫌丸出しの声に、思わずチコっとびびっちまった。

「あんのアマァ、ガキを置いて逃げやがった!」

だ、だいじょうぶッスよ、受け止めてみせま……すから。……大丈夫かな、俺。  

 

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