暴れん坊JOJO

6. 徐倫


 
かつては3ヶ月も滞在しつづけた、勝手知ったホテルのロビーを横切って部屋へ向かう。
5年前、俺は旅行者だった。それが今は"住人"で、俺の帰る場所であるはずだった妻子が旅行者。おかしな巡り会わせだ。
エレベーターで上がり、ドアのわきにあるインターフォンを押す。これからの息詰まるような会話を予測して、一つため息をついた。

仗助、お前は俺に後悔をのこして欲しくない、というが、今ここに俺がいるのは、半分は傷つけた徐倫への贖罪のため。そしてもう半分はお前のためだ。お前はまだ解かってねぇな。俺が切り捨てると決意したものに、何かを残すと思うのか。未練なんてぇものが。
だが、そんなことを言えば、傷つくのはお前だ。仗助。
なんら責任を負う必要の無いことに、心を痛めるお前が想像できるから、俺はここに立っている。 あるいは、的外れな未来に不安になるお前の顔を見たくないために。
それが、どういうことか解かっているか。

――― まぁ、嫌でもおいおい解からせてやるさ。

返事の無いことに、眉がよる。ただでさえ愛想のないツラが、さぞかし今は冷たくなっているだろうと自分でもわかる。
嫌な予感がして、再びインターフォンを押すよりも、スタンドをだして部屋を見る。すぐに3人がけのソファの端に膝を抱いて座る徐倫が見えた。テレビもついていない、ただぼんやりと座る表情に、まさか、と部屋を確認するが元妻の姿は見えない。
スタープラチナに内側からドアを開けさせて、部屋に入る。びくりと徐倫が物音にこわばって、次に顔を上げた。目が赤い。

″徐倫 ″

声をかけるとおびえたように肩を揺らす。だが俺を見つめる目は強く、責める色をありありと浮かべている。

″おまえのママはどこに行った ″

日本語の解らない徐倫に英語で問いかけると、子供らしいちいさな眉がぎゅっとひそめられる。その視線がテーブルに移るのをみて、俺は置かれていた紙を手に取った。
折りたたまれただけのホテルの便箋には、元妻の字が数行並んでいた。

ジョジョがあなたのところへ行きたいというので、置いていきます。
あなたが再婚するために日本に移住した、と噂にきいたのだけれど本当みたいね。どんな娘かしらないけどお幸せに。


ぞんざいな文字に、怒りがすけて見えるようだ。
だが、それがどうしたというんだ。俺は腹に沸くむかつきに耐えて、携帯電話を取り出した。俺への怒りだか、イヤガラセだか知らないが、そのために5歳たらずの実の娘を置いていく母親がいるか。
2コール目の途中で繋がった回線に向かって、俺は不機嫌に結果を報告した。

「あんのアマァ、ガキを置いて逃げやがった!」

絶句する仗助との間で、沈黙が流れた。

「……連れて帰る」
「はい。待ってます」

次の言葉には迷いなく即答してくる仗助に、俺は急速に怒りがひくのを感じた。馬鹿だな、仗助。そういうのを貧乏クジっていうんだぜ。
携帯をしまいながら、徐倫を見る。ソファに置かれた、子供用のリュックを手にとって声をかける。

″家に行く。荷物はこれだけだな ″
″…… ″

無言のまま、のそりとソファから立ち上がって、徐倫が俺の側にくる。俺を睨みつけていた目は、今は何も無い数メートル先の絨毯を焦がしていた。
まったく、ガキのクセにこの無愛想なツラは誰に似たんだか。

帰宅の車内でも互いに無言だった。
半年に一度の面会のときとは大違いだ。ひっきりなしに、思いつくことをしゃべる、甘える、飛びつく。そんなところは、子供とはいえ女だな、と思ったものだったが。
見知らぬ異国の地で、母親に置き去りにされたことを思えば無理もない。

車から降ろして階段を上がる。手を引こうとして、震えるようにちいさな体が揺れたことには気づかないフリをして、そっと押した。

「う、わっ、マジ?!ちっさい承太郎さんがいる!!ちっさいのとおっきいのが並んでる!!か、かわい…ででで、いてぇッスよ!承太郎さん!」

びっくりマヌケ顔で、危機感なく出迎えてくれた仗助の耳を吊り上げる。
まったく。
笑いたくなる声を抑えて、吊り上げた仗助にどこか似た驚いた表情で、俺と仗助を見上げる娘に告げる。

″徐倫、こいつが仗助、俺のパートナーだ。挨拶しな ″

徐倫お前に、仗助を受け入れられるだけの度量があればいいがな。
しかしこうして、顔のつくりは似通ったものがあるのに、決定的にどこかが違う、娘と叔父を見比べて気づく。
やれやれ、お前の愛想のない顔はどうやら俺譲りらしいな。徐倫。  

 

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