暴れん坊JOJO

8. こえられないもの


 
ちーっす、と相変わらず頭のわりぃ声といっしょに、花束をかかえた億泰が入ってきた。

「まいど〜ってか」

はたから見ればかなり似合っていないだろうけど、億泰を知ってるやつからみると、奇妙にマッチしてる。うん、似合うぜ、花。なんでか知んねーけど。
以前、どうゆう訳か似合いますよね、って承太郎さんに言ったら、めずらしく微妙な表情を浮かべて「なんでだろうな」と疑問形な肯定が帰ってきた。ほんと珍しい。

億泰は高校を卒業して、はじめ生花市場に就職した。
タダで花が毎日みれるのがお得な気がする、ってだけの理由で。まぁ、確かに花屋で買う花ってのはけっこう高いよな。そのうちにオヤジさんが猫草をかわいがっているのを見て、何となく花が家にあるのもいいかもな、って小さな花屋を開いた。しかしアレを花とひとくくりにしちまっていいもんかね。

俺の店に飾っている花の世話と入れ替えで、社会人になってからも億泰とはほとんど毎日顔を合わせる。
アレンジメントなんかも以外にこなす。本能と感覚はまぁむかしっから悪くはなかったしな。先入観がないせいか、結構斬新なのを活けてくれて助かる。
店の客は女の人が多いし、女の人はやっぱり花が好きな人が多いけど、あんまりリリカルな雰囲気にはしたくなかったからな。

「仗助〜、徐倫ちゃんは攻略できたのかよ」
「うっせーなぁ」
「まだか、1週間だろ、もう。スットロいことしてんじゃねーぜ」
「わーってるよ」

承太郎さんが杜王に住む、って話になったとき、億泰は単純に「スゲーな」って驚いてもいたし、喜んでもいた。
頼りになる男。最強のスタンド使い。億泰の認識はシンプルだ。余分なものはない。
5年前と今とでは、俺と承太郎さんあいだにあるものは、だいぶ余分なものが増えた。引き換えに失ったものもあったけれど、俺は得られたその余分を大切にしてる。
億泰がどこまでわかってんのか、別に確かめたこともないし、あいつにとってはそれは大したことじゃない。俺がそれを大事に思っている間は。
実際のところ、康一にはバレてるわけだけど、別に隠してるって訳でもない。見せびらかす趣味もないってだけだ。
けど、徐倫が一緒に住むことになったことを考えたら、やっぱり多少は積極的隠蔽ってのをしたほうがいいのかもな。

「女ってむずかしいぜ」
「5歳じゃねーか」

トトト、と軽い足音がして、店の奥の階段から徐倫がでてきた。

″徐倫どこいくんだ? ″
「ォはよーっス、ジョーリン」
″・・・・ ″

徐倫がちらりと横目で視線をよこす。
つぎに億泰を眺めて、けっきょく無言で出て行った。小脇には自分の絵本をかかえている。

「コラ!挨拶くれーしろ」

億泰の声が背中を追うが、そんなものには目もくれずにかけていく。
仗助〜、おめ〜教育しろよ、挨拶くれ〜よぉ。ぼやく億泰のとなりで俺はため息をついた。
今日は承太郎さんが出かけているから、さらに徐倫の機嫌がよくない。
承太郎さんは本格的に活動の拠点をこっちに移した。アメリカの大学から杜王町から近いところにある日本の大学に籍を移したんだ。
フィールドワークが好きな人だけど、どっかの大学に籍がないと、論文を発表する場所がすごく限られるんだそうだ。メンドクセー仕組みだよな。大学では最小限の講座だけ持つつもりらしい。それでも、承太郎さんは海洋学者としてはけっこう名前が知れているし、見てくれもハクがつくから大学は大喜びだよな。センセーの人気のある無し、ってのは結構重要らしい。
それで今日は午前中はそっちの準備で、大学に行っているんだ。
昼飯くらいには帰ってきてくれる。そうじゃないと徐倫がメシ食わねーんだよ。クソ、情けねーよな、俺。



昼すぎに承太郎さんが帰ってきて、徐倫といっしょに昼メシ。それから承太郎さんと徐倫はまた書斎、俺は午後から入ってる予約で店。
予約が夜まで入ってたり、会社帰りのOLなんかで忙しいときは、承太郎さんが徐倫をつれて夕飯に出かけて、帰りに俺の分もテイクアウトしてくれる。だいたいそんな毎日だ。

″承太郎さん、徐倫は? ″
″外だ ″
″え?外って、もう8時過ぎてんのに。寝る時間っしょ ″

用意してくれたコーヒーとテイクアウトで晩メシにしていた俺が、思わず手をとめて承太郎さんを見上げた。

″まさかまた海の方じゃ……、何してんですか、散歩すんなら一緒にいかなきゃ!……いや、もう寝る時間だぜ、とめなきゃダメっすよ、そんなの ″
″あれはガキだが、海は危険だと知っているぜ ″
″知ってるったって、まだ5歳でしょーが。放任するにゃ早いッスよ ″
″仗助、カリカリするな。すこしは肩の力を抜け、口うるせー母親みたいだぜ ″

承太郎さんの冷静な声色に、カッとなる。「口うるせー母親」だって?!
何だよその言い草!俺は男だぜ!そうだ、何がんばったって、徐倫の母親になんかなれねーし、どだいガキの子守なんて俺に出来るわけねー。
でも。

″口うるさくったって、言うに決まってんでしょ。夜の海なんて、5歳のガキがひとりぽっちで散歩するモンじゃねーよ。俺探してきますから ″

この件に関しちゃ、承太郎さんが気にしなさすぎなんだ。だから、謝ったりしねーぜ。
上着をはおって、徐倫の置かれたままのマフラーを手に取った。リビングを出ようとしたところで、承太郎さんの声が聞こえた。

″いつものテトラポッドのところにいる ″

一瞬足を止めたけれど、結局俺は振り返らずにドアを閉めた。




突き出た防波堤の先端、その上にいっこだけテトラポッドがある。波消しブロックなのに、上にあってどうすんの?ってもんだが、それは俺がガキのころからずっとそこにあった。
徐倫は最近よくそのあたりから海をながめている。
トクベツ何するってこともねぇ。けど、俺はそれがすごく不安だった。
でもその不安は俺の中のもので、それを徐倫に映し見ているだけだってこともわかってた。だから何にも言えなかった。

承太郎さんの言う通り徐倫はそこにいた。ちゃんとスタープラチナで場所を把握していて、その上で好きにさせていたんだろうな。
そうなんだろうって、分かっていてもダメだった。承太郎さんだって、俺との生活を選んだために、いらねぇ忙しさを抱えてる。その上徐倫のことや奥さん(って言うと訂正されんだよな、「元」だって)……元奥さんのこととか、心配なはずなんだ。それでも承太郎さんは揺らがない。
ホントにすげーよな。
だのに、俺ときたら、ちっとも承太郎さんの支えになれてないばかりか、きっと心配事を増やしてるんだ。

″徐倫 ″

まあ、別に反応があるとは、はなっから期待してねぇよ。
俺は徐倫の脇にしゃがむと、持ってきたマフラーを徐倫にかけた。一瞬俺がマフラーを通して触れることに、びくりと身をすくませたけど、それ以上なにも動かなかった。
俺は嫌がるくらいはするんじゃねぇかと思っていたから、ちょっと意外だった。
だから腹をくくったのかもしんねぇな。

″もう帰ろーぜ、って言いに来たんだけど……。別のこと言うな。本当は俺が口出しすることじゃねぇって判ってんだけど、やっぱ徐倫に言っとくわ ″

相変わらず反応のない徐倫の横顔を見ていると、承太郎さんをいやでも感じる。俺にとっての『徐倫』は、最初は『承太郎さんの娘』だった。けど、こうして1週間すごしてきた今、だんだんとただの『徐倫』になってきてる。
それが俺の不安のひとつ。

″オフクロさんは、海のむこうにいるんだよな。だからこうやっていつも眺めてんだろ。
……帰りたい?オフクロさんのとこ ″
″…… ″
″徐倫、お前のせいじゃない。徐倫はなんにも悪くないよ。 ″

承太郎さんは元奥さんのメモに腹をたててた。俺のところに来たいってのは、遊びに来たいだけだろう、って。
でも、俺はそのことを聞いて、どうにもたまらなくなった。

″徐倫は会わせたかったんだろ?承太郎さんとオフクロさんを、さ ″

徐倫がはじかれたように、俺に振り向いた。承太郎さんと良く似た、ひとまわり大きい目が見開かれている。ああ、やっぱそうなんだな。

″自分が行きたいって言えば、日本に来ちまった承太郎さんとオフクロさんが会わないわけにはいかねぇもんな ″

承太郎さんは半年ごとに徐倫と1日すごせる、って権利として認められてるんだって言ってた。
その日は承太郎さんのアパートメントまで、元奥さんが車で送ってきて、徐倫が入ったのを確認して立ち去る。そんで翌朝またアパートメントの前まで迎えにくる。
つまり承太郎さんと元奥さんは、めったに直接会わないんだ。
でも徐倫が承太郎さんと暮らしたい、って言ったら、話し合いの場が設けられるはずなんだ。元奥さんだって、徐倫がかわいいはずなんだから、手放したくないに決まってる。

″結局会えなかったけど、徐倫はぜんぜん悪くない。『出来なかった』のは承太郎さんとオフクロさんだよ ″
″パパもママも悪くない!! ″

突然悲鳴みたいな抗議の声が上がった。こんなにはっきり徐倫の声を聞いたのははじめてかも。

″悪いかどうかは俺にはわかんねーよ。俺に言えることじゃねーし、それを言える徐倫が悪くないって言うんなら、そうなんじゃね? でもふたりじゃ、もうどうにも『出来ない』って徐倫も思ったから、オフクロさんに言ったんだろ? ……あー、俺の言ってること伝わってるかな?″

スゲーしっかりしてる感じがするんで、なんか普通に話しちまってるけど5歳なんだよなぁ。たしか。
あー、睨んでる、睨んでる。
やっぱ、こんな風に踏み込んで欲しくないよな、特に俺にはさ。

″オフクロさんのこと傷つけちまってないか、心配なんじゃねぇ? ″

でもさ、俺さ。

″俺、徐倫のこと好きになりてーんだわ ″

好きになっちまったら、きっと俺、オフクロさんのとこへ帰したくないって思っちまうんだ。俺ってほんとバカだからさ。

″オフクロさんみたいに、上手く出来ないって判ってるけどさ。頑張るぜ、俺。
……ダメかな? ″

徐倫が突然立ち上がった。うつむいて自分のつま先を睨みつけてる。
握り締めたちっちゃなこぶしが震えてた。

″徐倫 ″

名前を呼ぶと、とうとう俺を置き去りにして駆け出した。
家のほうに駆けていく徐倫を振り向いて見ると、離れたところでこちらを見て立っている承太郎さんをみつけた。
徐倫もすぐに気づいて、がむしゃらに駆けてた足が遅れて、承太郎さんの手前でとうとう止まった。立ち止まってうつむく徐倫を見ていた承太郎さんが、歩み寄って抱き上げる。
そうして家へとむかって立ち去った。

俺はぼんやりとその場でふたりの背中を見送っていた。  

 

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