暴れん坊JOJO

9. 振り返ってくれてよかった


 
″徐倫は会わせたかったんだろ?承太郎さんとオフクロさんを、さ ″

なるほどな。そういうことか。
ふたりから離れたところで、様子を伺いながらため息をついた。
様子がおかしいとは思ったが、……女ってのはあんな年でも女だな。
徐倫が駆け出す様子を、堤防に立ち尽くしたままぼんやり見送る仗助の視線が俺をみつけてまばたいた。目が覚めたみたいに。
俺の前で足を止めてうつむく徐倫を抱き上げる。
肩口に顔を埋める徐倫の背を撫でながら、背後にのこした仗助の表情が思い起こされて眉をしかめた。



徐倫を風呂に入れ寝かしつけると、リビングに降りる。
やはり仗助は戻っていなかった。
ふたたび海岸に向かうと、変わらない堤防の場所で仗助が膝をかかえて座り込んだまま海をながめている。

「徐倫は?」
「ああ、風呂にいれて寝かせた。お前はガキじゃねぇんだ、自分で済ませてくれるとありがてぇんだがな」

俺が近づいたのを察した仗助が、そのままの姿勢で問いかけてくるのに答えて、側に立つ。視線だけを下ろすと、ガキ並みにかかえた膝に顔を埋めている仗助の後頭部が見える。

「わかってますよ。もう少ししたら戻りますから。承太郎さん、先休んでください」

よく言うぜ。本当に置いていったら泣くんじゃねぇのか?
それにこの際だ、聞きたいこともある。

「海が怖いのか」

ここで暮らす以前、海洋調査に仗助を何度か連れて出たことがある。
そのときは別にそんな様子はなかった。
だが、徐倫が最近海を眺めるようになると、だんだんと仗助の様子が余裕をなくしていった。徐倫を心配してのことももちろんあるだろう。
しかしそれだけなら、こんな風にはならない奴だ。それなりに肝の据わった男だからな。
だったら、原因は仗助自身の中にあるんだろう。

「……昔、ちょっとおぼれかけたことあって」
「クルージングは問題なかったろうが」
「……」
「俺は打ち明けるに足りねぇか?」
「ずりぃ……そんな、自分でも思ってもいねぇクセに」
「分かってんなら、さっさと白状しな。仗助」

ちらり、と俺をうかがう視線に知らぬふりをきめこんで、話を促す。諦めたように仗助がおおきなため息をついた。

「……徐倫とおんなじか、もちょっとちいさいくらいかな。シングルマザーってのに、あんまりイイ顔しねぇ親類ってのが、やっぱいたんスよ」

今じゃ交流がない、昔もほとんど無かったんだろう。思い返してみるが、顔も覚えていない遠い親類たちだったと思う。仗助がぽつぽつと話しはじめる。
『不倫の証拠』
そう仗助をさして言ったという。
一緒に暮らせないのは、仗助が間違って出来た子だからだ。相手の男は家庭持ちに違いない、と。

「解からないと思ったんだろうけど。そりゃ不倫とか、ちゃんと意味を知ってたわけじゃねえ。けど、そういうのって解かるっスよガキでも」

ジョセフに似てきた、といって、嬉しそうに笑いながら……こっそり夜泣いている母親を知っている。隠しているつもりだってわかるのだ。世界で一番だいすきな『ママ』のことなんだから。

「俺って徐倫と違って、頭ワリィからさ。『ジョセフ』に言わなきゃ、ってさ。思いついちまって」

いい子になります。って。
ミルクもちゃんとのみます。ピーマンだけハンバーグからだしません。
あまい にんじんもたべます。
ありんこ をふんだりしません。
おもちゃをかたづけます。あたらしいのがほしいっていいません。
あそんで っていったりしないよ。
だっこして っていわないから。
うるさくしない、いいこになる。
ふりんのしょうこ だとわからないように。
だから。
だから、

「『ママのそばにいてください』って伝えなきゃって。バカっすよねー」

家を出てうろうろ歩き回って。駅に行って、『ジョセフ』は『海の向こう』にいるんだ、といわれたことを思い出した。
海だ、海にいかなきゃ。へとへとになってたどり着いて、船をさがしたが、ちいさな子供が保護者も無しにタダのりできる船などあるはずがない。
海岸をあるいて。あるいて。

「よし、泳いでいこうって……、っちょ、怒んないで、だってガキだったし」

あまりの展開に、眉を上げた俺をみつけて、仗助が気持ち後ずさりながらあわてて弁解する。

「海に入ったらけっこう冷たくて、モタモタしてるうちに、じぃちゃんの声が聞こえて振りかえったんスけど。背後からざっぷーーんと、波が」

探しに来てくれた祖父、仕事の途中だったのか警官の制服のままで海に飛び込んできた。波にさらわれて、もみくちゃにされて、上も下も分からない、何も見えない、そんな仗助の手を見つけ出してくれた。

「……バカなことをしたもんだ」
「へへ、ほんとっスよね。じぃちゃんにもオフクロにもこっぴどく怒られたっスよ。でもさ、気の強えぇオフクロがさ。怒りながら化粧総崩れって感じで、ぐっちゃぐちゃに泣いてさぁ。やっと俺、ヤベぇことしたんだ、って怖くなったっスよ」

祖父にも母親にも理由を聞かれたが答えられなかった、という仗助に、だろうな、と返す。だがおそらく祖父も母親も何か察したはずだ。
仗助もそれを分かっていて「バカなことをした」と言うのだろう。

「そん時、わかったんスよね、やっと。『ジョセフ』はどうやったって無理なんだって。一緒には暮らせねぇんだって」

仗助が照れたように、頭をかいた。

「でも今思えば、かわりにこの人たちを守ってあげたいな、って思い始めたのもあん時だった」

今だったら、いやもう少し前でも、ガキの自分が『悪い子』でもなんでもないと分かる。でも、あん時は自分のせいだって気持ちがあった。自分のせいで、『ジョセフ』とオフクロは幸せになれないんだって。

「だから、徐倫に言ってやりたかったんだ、俺。徐倫は何にも悪くないんだって」
「やれやれ」
「おょ?」

背後にまわって仗助の脇をかかえて立たせると、腰をさげて、一気に肩に担いだ。

「ぎゃぁあっ、じょ、承太郎さん降ろして!」
「……さすがに重いな」
「あ、当たり前っしょ!!降ろしてってば!」
「暴れるな、落とすぞ」

肩の上で腹を折り曲げるように、文字通り担がれて、背中のあたりに仗助の抗議を感じながら歩き始める。

「人に見られたらどうすんですか!」
「大の大人同士だ、人さらいには見えねぇだろう」
「そういう問題か!」

ばたつく足をぺしり、とはたくと、諦めたのかおとなしくなった。

「……がんばったな」

声をかけると、ぴくりと体が緊張したのが伝わってくる。
徐倫のことは本来なら受け入れられなくても、責められることじゃない。

「……うす」

返された短い答えに、目を細める。ほんとうに、仗助。お前はどうしてそうなんだろうな。
ガタイのいい男相手に、愛護精神なんてもんは微塵も持ち合わせていねぇ俺に、こんなどうしようもねぇ気持ちにさせるんだ。

「お前が振り返ってくれてよかった」

俺の見たことのない、ちいさな仗助。冷たい海から、振り向いたお前。
お前を海に奪われなかったことに。

俺はこんなにもホッとしている。  

 

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